借入金債務の消滅時効と時効完成後の裁判手続

借入金債務の消滅時効の期間が経過して、時効が完成したとしても、債務者が時効の利益を受ける意思を相手方に表示(これを「時効の援用」といいます。)しなければ、債務が時効により消滅したという効果は発生しません。そこで、消滅時効の期間経過後に、債権者(貸金業者等)が裁判手続をした場合に、債務者はその裁判手続が確定した後に消滅時効の援用をすることができるでしょう。

消滅時効の期間経過後に、債権者が訴えの提起をしてその勝訴判決が確定した場合は、どうでしょうか。判例は、消滅時効完成後に勝訴判決が確定したときは、債務者は消滅時効の援用をすることができないとしています。消滅時効が完成しているのだから、債務者は時効の援用をすることができるようにみえますが、これは、確定判決の既判力によって遮断されます。確定判決の既判力とは、確定判決の中で判断された、権利関係の存否や内容については、両当事者がその判断を争うことは許されず、他の裁判所もその判断に拘束されるという効力のことです。たとえ消滅時効が完成していたとしても、この確定判決の既判力により、債務者に借入金債務が存在しているという裁判所の判断と矛盾する主張をすることが許されないため、債務者は消滅時効の援用をすることができないのです。

これに対し、債権者の勝訴判決が確定した後に、消滅時効が完成した場合は、債務者は消滅時効の援用をすることができるとされています。これは、勝訴判決が確定した後に、時効完成という新たな事実が生じてるため、確定判決の既判力が及ばないからです。

確定判決のほか、調停に代わる裁判、破産手続、民事再生、会社更生手続における債権表の記載にも、既判力が認められています。和解調書に既判力が認められるかについては、争いがあります。 支払督促には、既判力が認められていません。

支払督促は、裁判所書記官による手続であって、裁判所で審理判断される手続ではないからです。そのため、消滅時効完成後に、仮執行宣言付き支払督促が送達されて異議がなされなかった場合であっても、債務者は消滅時効の援用をすることができることになります。

(司法書士・行政書士 三田佳央)