債務不履行3(損害賠償の要件)

(1) 総説

債務不履行に基づく損害賠償請求権が発生する要件は、①債務不履行の事実があること、②損害の発生、③債務不履行の事実と損害との因果関係があること、④免責事由が不存在であることとされています。

(2) 債務不履行の事実

 ① 不履行の態様

債務不履行による損害賠償は、不履行の態様によって発生する損害が異なるため、損害賠償の内容も変わります。不履行の態様は、履行遅滞、履行不能、その他の不履行があるとされています。

 ② 履行遅滞

履行遅滞とは、債務者が履行することが可能であるのに、履行期が到来しても、履行しないことです。履行遅滞は、「債務の本旨に従った履行をしないとき」の一例です。履行遅滞による損害賠償請求権が発生する要件は、次のとおりです。

 (ア) 履行の可能性があること

履行が不可能である場合には、履行遅滞ではなく、履行不能になります。

 (イ) 履行期の到来

履行期とは、履行すべき時期のことです。確定期限のあるとき・不確定期限のあるとき・期限の定めがないときについて規定されています。

確定期限のあるときは、期限の到来した時から遅滞となります。例えば、3月10日までに代金を支払う旨の合意がある場合、支払いをすべき日の翌日の3月11日から当然に遅滞の責任を負います。

不確定期限のあるときは、①期限の到来した後に履行の請求を受けた時、または、②期限の到来したことを知った時、のいずれか早い時から遅滞となります。例えば、Aが死亡したら、BはCに対して甲パソコンを引き渡す旨の合意がある場合、①Aが死亡し、CがBに対して甲パソコンの引渡しを請求した時(BはAの死亡の事実を知らなくても、遅滞となります)、または、②BがAの死亡の事実を知った時のいずれか早い時に、Bは遅滞の責任を負うことになります。

期限の定めがないときは、履行の請求を受けた時から遅滞となります。例えば、善意の不当利得返還債務は期限の定めのない債務であるから、債務者が返還請求を受けた時に遅滞となります。もっとも、不法行為による損害賠償債務は、被害者救済のため、履行の請求を受けることなく、損害発生と同時に遅滞となります。また、返還時期の定めのない消費貸借においては、相当の期間を定めて返還の催告をする必要があるので、この期間を定めない催告をしても、催告の時から相当期間を経過した後に遅滞となります。

 (ウ) 履行しないこと

履行期が到来したにもかかわらず、履行しないことです。ただし、債務者が同時履行の抗弁や留置権を主張することができるときは、履行期に履行しなくとても、履行遅滞とはなりません。

 ③ 履行不能

履行不能とは、債務の履行が契約その他の債務の発生原因および取引上の社会通念に照らして不能であることです。例えば、AB間でAの所有する甲土地を代金3,000万円で売却する契約を締結したが、Aが甲土地をCに二重に売却して先に登記の名義を移転してしまったというような場合です。この場合、Bは甲土地の所有権取得の登記をすることができないので、Cに対して甲土地の所有権を主張することが不可能だからです。このように、債権の成立後に履行不能となることを後発的不能といいます。

また、乙建物を売却する契約が締結されたが、その数日前に乙建物が火事によって焼失してしまった場合です。このように、債権の成立前に不能であったことを原始的不能といいます。

履行不能は、後発的不能と原始的不能の双方を含みます。そのため、後発的不能だけではなく、債権が成立する前である原始的不能であっても、履行の請求はできませんが、債権者は債務者に対して損害賠償の請求をすることができます。

履行不能と認められるかどうかは、「債務の履行が契約その他の債務の発生原因および取引上の社会通念に照らして」判断されます。例えば、売主が売買の目的物を外国から輸入して販売する予定だったが、その目的物の輸入が法律によって禁止され、履行が困難となった場合には、契約内容や社会通念に照らして、売主がどこまでのリスクを負担する趣旨であったかを踏まえて「不能」か否かが判断されます。

 ④ その他の不履行

 (ア) 履行拒絶

履行拒絶とは、債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したことです。履行拒絶は、履行期前にされたときでも、もはや履行期まで待つ意味がないほどに明確な履行拒絶であれば、契約を解除することなく、損害賠償を請求することができます。

 (イ) 不完全履行

不完全履行とは、債務者によって形式的には履行がされたが、契約に適合した完全な履行ではない場合のことです。例えば、ノートパソコンを5台注文したら2台が破損していた場合です。これは、給付の目的物に、契約に適合しない欠陥がある場合であり、契約への不適合が債務不履行の事実であり、かつ、損害です。

また、ヒヨコ10羽を購入したところ、3羽が病気を持っていたため、買主の飼っていた鶏にまで感染した場合もあります。これは、目的物の不適合が原因で、給付した目的物以外に損害が発生する場合です。

さらに、自動車の修理を請け負う契約で、修理の内容が不完全であった場合もあります。これは、何が完全な履行であるかが明瞭であり、特定の結果を実現することにある場合です。

このほか、医者が治療したがにもかかわらず患者の病気が回復せず助からなかった場合もあります。これは、何が完全な履行なのかが明瞭ではなく、債務者として最善を尽くすことや、合理的な注意を払うことといった点にある場合です。したがって、医者として最善を尽くしさえすれば、病気が治らなくても債務不履行にはならないのです。

(3) 損害の発生

 ① 損害とは何か

損害とは、債務不履行によって債権者が個々の特定の法益に被った不利益をいうと考えられています。このような考え方を個別損害説といいます。これは、具体的な法益上の損失を個別に(項目ごとに)算出して、その総和を損害ととらえるものです。

 ② 損害の種類

 (ア) 財産的損害・精神的損害

債務不履行によって債権者に生じた、財産の不利益を財産的損害、精神的苦痛ないし不利益を精神的損害といいます。精神的損害を賠償する金銭を慰謝料といいます。

財産的損害は、さらに債権者が現に受けた損失である積極的損害と、債務不履行がなければ得られたはずなのに不履行のために得られなかった利益である消極的損害(または逸失利益ともいいます)に分かれます。

この分類は、総体としての損害を把握するにあたって脱落や重複を防ぐために有用であり、また、損害の金銭的評価をするための基準形成にも役立つとされています。

 (イ) 填補賠償・遅延賠償

債務の履行に代わる損害賠償を填補賠償といいます。例えば、パソコンの返還債務が滅失により履行不能となった場合、そのパソコンの市場価値に相当する金銭を支払うものです。

填補賠償の請求ができるのは、①債務の履行が不能となったとき、②債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき、③債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、または債務不履行による契約の解除権が発生したときです。②③によって、債務不履行により契約を解除しなくても填補賠償を請求することができるのです。

遅延賠償とは、履行の遅延による損害の賠償のことです。履行遅滞の場合に生ずる損害は、履行が遅れたことによって生じた財産的不利益であるから、様々なものがあり、しかも、時間とともに拡大します。後に履行されたとしても、履行期より遅れたという事実は残るから、遅延賠償を請求することができます。

 (ウ) 履行利益・信頼利益

履行利益の賠償とは、債務の本旨に従った履行がされていたら債権者が得られていたであろう利益の賠償のことです。例えば、自動車の売買契約で引渡しが不能となったが、買主がその自動車を第三者に転売する契約を締結していた場合における、その転売利益のことです。

信頼利益の賠償とは、契約が無効または不成立であるのに、それを有効と信じたことによって債権者が被った損害の賠償のことです。すなわち、契約締結前の状態に債権者を戻す賠償であるといえます。例えば、契約締結のための費用、代金支払いのために借入れをした場合の支払利息などです。

(4) 債務不履行の事実と損害との因果関係があること

損害は、債務不履行によって生じたものでなければなりません。すなわち、その債務不履行がなければその損害は生じなかったという関係が必要なのです。これを、事実的因果関係といいます。しかし、事実的因果関係があればすべての損害が賠償されるわけではありません。この問題については、損害賠償の範囲の中で扱います。

(5) 免責事由が不存在であること

 ① 内容

債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、債権者は債務不履行によって生じた損害の賠償を請求することができません。したがって、この免責事由の不存在が、賠償請求の要件となります。この免責事由が存在するか否かは、契約その他の債務の発生原因および取引上の社会通念に照らして、判断されます。

免責事由の例としては、①不可抗力、②履行を妨げる債権者の行為、③履行を妨げる第三者など、債務者が制御できず、予見したり結果を回避したりすることができない事由が考えられます。もっとも、これらも「契約その他の債務の発生原因および取引上の社会通念に照らして」判断されることになります。天災地変は不可抗力だから免責されるのではなく、免責をもたらす天災地変を不可抗力というべきだとされています。

 ② 履行遅滞中の履行不能と免責事由

債務者が履行遅滞に陥った後に、当事者双方の責めに帰することができない事由によって履行不能となった場合、債務者の責めに帰すべき事由(これを帰責事由といいます)によって履行不能となったものとみなされ、債務者は免責されません。例えば、建物の売買契約で、売主が目的物の引渡しを遅滞している間に、近所の火災が延焼してその建物も焼失してしまった場合です。

ただし、遅滞がなくても履行不能となっていた場合には、債務者は責任を負いません。遅滞と履行不能との因果関係を欠くからです。

 ③ 履行補助者の過失

 (ア) 意義

債務者が、その債務を履行するにあたって、家族・従業員・運送業者などを使用することが少なくありません。これらの者を履行補助者といいます。履行補助者の過失によって債務不履行になったとき、債務者はその責任を負うのでしょうか。

本来、他人の行為について責任を負うことはないはずです。しかし、実際には、債務者は履行補助者を使用することによって活動領域を広げ、利益を得ているので、履行補助者の過失についても、債務者自身の責任を認める必要があるのです。

 (イ) 判断基準

債務者が履行補助者による債務不履行の責任を負うかどうかについては、債務者が履行補助者を使用することが法律上・慣習上・または合意によって許容されている場合は、債務の内容が、信頼できる履行補助者に履行を依頼することまでなのか、それとも履行補助者が債務をきちんと履行することまで及んでいるのかを、契約の解釈を通じて明らかにし、それに応じて判断することになると考えられます。

例えば、債務者が履行補助者を使用する場合において、最終的に債務の本旨に従った履行がなされることが債務の内容になっているときは、債務者は履行補助者の過失について常に責任を負います。

他方、信頼できる履行補助者に履行を依頼することが債務の内容になっているときは、信頼できる履行補助者を選任することで債務者の債務は果たされていることになるでしょう。

(参照条文)民法415条、412条、703条、591条1項、533条、295条、412条の2第1項2項、413条の2第1項

(参考判例)大判昭和2年12月26日新聞2806号15頁、最判昭和37年9月4日民集16巻9号1834頁

(参考文献)内田貴「民法Ⅲ(第4版)債権総論・担保物権」(東京大学出版会、2020年)140頁以下

中田裕康「債権総論(第4版)」(岩波書店、2020年)118頁以下

近江幸治「民法講義Ⅳ債権総論(第4版)」(成文堂、2020年)76頁以下

(司法書士・行政書士 三田佳央)