任意代理・任意後見と信託との比較

1 各制度の概要

(1) 任意代理

任意代理は、本人の意思によって代理人となるものです。通常は、委任契約によって代理人に対して代理権が付与されることが多いです。本人が他人を代理人とすることで、自分の活動範囲を拡張するために利用されることが多いです。

代理人が行った法律行為の効果は本人に直接帰属します。本人に直接帰属するには、代理人がその行為について代理権を有していなければなりません。つまり、代理人が代理権の範囲内で行った行為の効果が本人に直接帰属することになります。代理権の範囲内は、本人と代理人との合意によって決まります。

代理人に与えられた代理権は、本人の死亡、代理人の死亡・破産手続開始の決定を受けたこと、後見開始の審判を受けたこと、委任の終了によって消滅します。

(2) 任意後見

任意後見は、本人が受任者に対し、精神上の障害によって判断能力が不十分な状況における自分の生活・療養看護・財産管理に関する事務の全部または一部を委託し、その事務について代理権を付与する委任契約のことです。これは、本人の判断能力が不十分な状況となった場合においては、本人が代理人の事務を適切に監督することができず、代理権の濫用など代理人の不適切な行為を防止することが困難となることから、判断能力が不十分な状況となった本人に代わって代理人を監督する制度的な枠組みによって、本人を保護するための制度です。そのため、任意後見契約には、任意後見監督人が選任された時からその効力が発生する旨の定めをしなければなりません。また、紛争予防の観点などから、任意後見契約は公正証書によって締結されなければなりません。

任意後見契約は、本人の判断能力が不十分な状況となった場合に、申立権を有する者によって任意後見監督人選任の申立てによって、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時に、その効力が発生します。

任意後見契約の効力が発生した後は、代理人である任意後見人は、契約によって付与された代理権を行使して本人から委託された事務を遂行することになります。任意後見人は、遂行した事務や本人の財産状況報告書などを任意後見監督人に定期的に報告し、その報告を受けた任意後見監督人は、さらに家庭裁判所に報告します。すなわち、任意後見人は、任意後見監督人を通じて家庭裁判所による監督を受けることになるのです。

任意後見契約は、任意代理と同様の事由によって終了し、任意後見人の代理権は消滅します。このほか、法定後見(後見・保佐・補助のことです)に移行した場合にも、任意後見契約は終了します。

(3) 信託

信託とは、本人(委託者といいます)が一定の財産権(所有権などです)を第三者(受託者といいます)に移転し、受託者が一定の目的に従ってその財産権を特定の者(受益者といいます)のために管理・処分する制度です。例えば、障害のある子Bの将来の生活のことを考えて、父親AがBの生活の原資となるように一定の財産を受託者Cに移転し、その管理・処分を託すという場合です。

受託者Cは、信託の目的に従って委託者から移転された財産(信託財産といいます)の管理・処分を行います。信託の目的や信託財産の対象については、委託者と受託者の契約や、委託者の遺言によって定められます。信託財産の対象とされた財産や、受託者が信託財産を管理・処分することによって取得した財産は、受託者の固有財産となるのではなく信託財産の中に組み入れられることになります。受益者Bは、信託財産に対して一定の権利(受益権といいます)を有しますが、信託財産を直接支配しているわけではありません。

信託は、信託の目的を達成したとき、または達成することができなくなったときなどの事由によって終了しますが、委託者の死亡は終了事由とはなっていません。このため、信託は、長期的な財産の管理・処分を目的とする場合に利用されるのに向いています。

2 各制度の比較

(1) 契約締結の要式

任意代理による委任契約の締結と信託契約の締結は、特に決まった要式によって行われる必要はありません。通常は、書面によって行われるでしょう。これに対し、任意後見契約の締結は、公正証書によって行わなければなりません。これは、任意後見契約の効力が発生するのは、本人の判断能力が不十分な状況となった場合であるので、契約の内容などについて紛争が生じることを防止する観点から、契約の有効性の確実な立証を可能とするためです。

(2) 契約の効力発生時期

任意代理による委任契約と信託契約については、その契約が成立した時からその効力が発生します。もっとも、特約によって効力発生時期を遅らせることもできます。例えば、信託契約において、委託者が認知症等により判断能力が不十分な状況となった時に、その効力が発生する旨の特約を設ける場合です。

これに対し、任意後見契約については、本人の判断能力が不十分な状況となってから、家庭裁判所によって任意後見監督が選任された時に、その効力が発生します。任意後見契約は、本人の判断能力が不十分な状況となった場合に利用される制度だからです。

(3) 本人の死亡と契約の終了時期

任意代理による委任契約と任意後見契約については、本人の死亡によってその契約は終了します。これに対し、信託契約は、本人の死亡よっては終了しません。そのため、信託を長期的な財産管理の手段として活用することが可能です。もっとも、特約によって委託者の死亡を終了事由とすることも可能です。

(4) 本人の判断能力の低下と契約の効力

任意代理による委任契約は、本人の判断能力が認知症等によって不十分な状況となったとしても、その契約の効力に影響を及ぼすことはないと考えられています。ただ、本人の判断能力が不十分な状況となった場合においても、任意代理の任意代理人によって財産管理等を継続することは、本人保護の観点から問題があるという指摘がされています。そこで、本人の判断能力が不十分な状況となった場合には、法定後見に移行することが想定されていると考えることができます。また、そのような場合に備えて任意代理による委任契約と併せて任意後見契約を締結し、本人の判断能力が不十分な状況となった場合には、任意後見監督人選任の申立てをして任意後見契約に移行するという方法が考えられます。

信託契約についても、本人の判断能力が認知症等によって不十分な状況となったとしても、その契約の効力に影響を及ぼすことはありません。ただ、本人の判断能力が不十分な状況となった場合においても、受託者によって財産管理を継続することは、本人保護の観点から問題があることは、任意代理の場合と同様です。そこで、信託監督人を指定するなどして受託者の財産管理に対する監督する仕組みを設けるべきでしょう。

(5) 本人の死亡と契約終了後の財産承継

任意代理による委任契約と任意後見契約が本人の死亡によって終了した場合には、本人の財産は相続手続に従って相続人に承継されます。その財産はあくまで本人の財産だからです。

これに対し、信託契約が終了した時点において委託者が死亡している場合は、信託契約によって信託財産となった財産については、信託財産として清算手続に従って残余財産受益者または帰属権利者に承継されます。委託者の相続手続として相続人に承継されるわけではありません。信託財産は、本人の固有財産から切り離されるからです。そのため、信託財産は遺産分割や遺言の対象とはなりません。

(6) 財産管理の目的・方法

任意代理と任意後見における財産管理は、本人のために行うことが前提とされています。管理を任された財産は、あくまで本人の財産だからです。もっとも、扶養義務の範囲内において親族(例えば、自分の子)のために自分の財産を使うことは可能です。また、必要に応じて本人所有の財産を処分すること(例えば、不動産の売却)は可能ですが、運用することはできません。任意代理と任意後見においては、本人の資産を増やすことまでは想定されていないからです。

これに対し、信託においては、自分以外の者のために財産管理をすることができます。信託による財産管理は、受益者のために行われるものだからです。すなわち、自分以外の者を受益者として定めておけば、その者のために財産管理をすることが可能となります。また、信託財産は管理・処分だけでなく、投資信託のような運用することも可能です。これは、受託者は、信託財産の管理・処分その他の信託の目的達成のために必要な行為をする権限を有するからです。

(7) 身上保護との関係

任意代理と任意後見においては、受任者または任意後見人は、財産管理だけでなく、本人の生活・療養看護(これを身上保護といいます)に関する事務を行うことも可能です。身上保護に関する事務とは、身上保護に関する法律行為とこれに付随する事実行為のことです。例えば、ホームヘルパー利用契約、介護施設入所契約、診療契約、入院契約、日用品等購入手続などであり、契約を行うにあたって介護施設を見学するなどの事実行為も含まれます。これに対し、本人の介助などの純然たる事実行為については、受任者または任意後見人が行う必要はありません。これについては、契約したホームヘルパーなどが行うことになります。

これに対し、信託においては、身上保護に関する事務を行うことができません。これは、受任者は信託財産に対する権限を有するだけだからです。

3 まとめ

このように、任意代理・任意後見・信託は、財産管理という類似した制度ですが、比較すると差異のあることが明らかです。それぞれの制度に特徴がありますので、それを理解したうえでどの制度を利用するのか選択し、場合によっては各制度を組み合わせて利用することを選択するのが有用です。それでは、どのような選択肢があるのでしょうか。

①本人が身体的な理由で財産管理が困難な場合には、任意代理による財産管理を利用するとよいでしょう。また、例えば、入院中だけ財産管理を任せたい場合にも、任意代理を利用するとよいでしょう。

②将来認知症等によって判断能力が不十分な状況となったときに備えておきたい場合には、任意後見や信託を利用することが考えられます。あくまで本人が亡くなるまで本人のために財産管理をしてもらいたいのであれば、任意後見を利用し、自分以外の家族のために財産管理をしてもらいたいのであれば、信託を利用するとよいでしょう。また、①の場合においても、将来認知症等によって判断能力が不十分な状況となったときに備えておきたいのであれば、任意代理と併せて任意後見を利用しておくのが有用です。

③財産管理だけでなく、身上保護に関する事務も任せたい場合には、任意代理・任意後見を利用することになります。自分以外の家族のために財産管理を任せたいような場合には、信託を併せて利用することが有用です。

(参照条文)民法99条1項、111条、127条1項、任意後見2条1号、4条1項、3条、10条3項、信託2条1項2項3項4項5項6項7項8項、163条、4条4項、131条、182条、26条

(司法書士・行政書士 三田佳央)