(1) 意義
双務契約の当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができます。
例えば、AとBとの間で、Aの所有する甲パソコンを10万円でBに売却する契約が6月1日に成立し、7月1日にAは甲パソコンをBに引き渡し、その際にBは代金を支払うことが定められたところ、6月10日にCの放火によってAの自宅の火災により甲パソコンが焼失した場合には、Bは代金の支払いを拒むことができます。
双務契約においては、両当事者が負っている債務のうちの一方の履行が不可能となったときに、他方の債務はどうなるかが問題となります。
履行不能が売主Aの責めに帰すべき事由(これを帰責事由といいます)による場合、Aは債務不履行による損害賠償責任を負います。その結果、買主Bは、Aから代金支払いを請求されても、Bの損害賠償請求権とAの代金支払請求権との同時履行の抗弁を主張して支払いを拒むことができますし、両債権を相殺することもできるので、代金を支払わなくてすむのです。
これに対し、履行不能がAの帰責事由によるものではない場合、Aは損害賠償責任を負いません。この場合、その履行不能による損失をどちらの当事者が負担するのかという問題を規律するのが危険負担制度です。危険とは、Aの責めに帰することができない事由によって履行不能となり、その履行を請求できなくなることです。
民法は、Aの債務の履行不能が帰責事由によるものではない場合における損失は、相手方Bに対する反対給付の履行の請求が拒まれるという形で、債務者Aが負担するものとしています(これを危険負担の債務者主義といいます)。これは、双務契約では互いの債務が対価としての関係に立つので、一方の債務が契約成立後に履行不能となった場合、他方の債務も履行しなくてよいことになるからです。
なお、Aの帰責事由の有無にかかわらず、Bが反対給付を履行する債務を消滅させるためには、契約を解除する必要があります。
(2) 両当事者に帰責事由のない場合
両当事者の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができます。反対給付を履行する債務が消滅するわけではありません。その債務を消滅させるには契約を解除する必要があります。
(3) 債権者に帰責事由のある場合
① 反対給付の履行
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができません。例えば、上記の設例でいえば、買主Bの失火によって甲パソコンが焼失した場合です。この場合には、BはAからの代金支払いの請求を拒むことができません。
② 利益の償還
債権者の責めに帰すべき事由による履行不能の場合、債権者は反対給付の履行をしなければなりませんが、債務者は、自分の債務を免れたことによって利益を得たときは、その利益を債権者に償還しなければなりません。これは、債務者に二重の利益を得させないためです。例えば、歌手Cの出演契約が、主催者D側の責めに帰すべき事由により履行不能となった場合、Aが履行不能となった期間中に別の主催者と出演契約を締結し、歌手として出演したことにより臨時の収入を得たときには、その臨時の収入をBに償還しなければならないのです。
(参照条文)民法536条、415条、533条、505条、542条
(参考文献)内田貴「民法Ⅱ(第3版)債権各論」(東京大学出版会、2011年)60頁以下
中田裕康「契約法(新版)」(有斐閣、2021年)162頁以下
(司法書士・行政書士 三田佳央)