同時履行の抗弁

(1) 意義

双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまでは、自分の債務の履行を拒むことができます。双務契約とは、契約当事者間に対価的な意義を持つ債務が生ずる契約のことです。例えば、Aはその所有する甲パソコンを20万円でBに売却する契約を締結し、7月1日に履行することとした場合において、当日にBが代金を支払わずに甲パソコンの引渡しを求めてきたときには、Aはそれを拒むことができるのです。

もし、Bの請求に応じてAが先に履行しなければならないとすると、甲パソコンを引き渡したあとBが約束通り代金を支払ってくれるという保証はないから、Aは危険な立場に置かれてしまいます。そこで、特約のない限り、Bの代金支払いと引き換えに甲パソコンの引渡しをするという主張をAに認めるのが合理的です。このことを規定したのが同時履行の抗弁という制度です。

このように、同時履行の抗弁は、双務契約の当事者間の公平を図り、不必要な争いを未然に防ぐことを目的としており、双務契約から生じる効力であるといえます。

(2) 要件

同時履行の抗弁の要件は、①同一の双務契約から発生した両債務が存在すること、②相手方の債務が弁済期にあること、③相手方がその債務の履行の提供をしないことです。

 ① 同一の双務契約から発生した両債務が存在すること

まず、同一の双務契約から発生した両債務が存在することが必要です。例えば、動産売買における目的物引渡債務と代金債務、不動産売買における売主の登記手続協力債務と買主の代金債務は、同時履行関係にあります。

双務契約によって発生した複数の債務のうち、中心的な債務の間で同時履行関係が認められるとされています。それにあたるかどうかは、契約の趣旨や公平の原則や解釈によって決定されます。

また、双務契約の一方の債務が債務者に責めに帰すべき事由により履行不能となった場合。債務の履行に代わる損害賠償(填補賠償)債務と相手方の反対給付債務は、同時履行の関係に立ちます。

 ② 相手方の債務が弁済期にあること

相手方の債務が弁済期にあることが必要です。相手方の債務が弁済期になければ、自分の債務を先に履行しなければならないからです。もっとも、自分の債務も弁済期にないときは、そのことを理由に履行を拒むことができます。

先履行義務を負う者が履行しないまま時間が経過して、相手方の債務の弁済期が到来した時、先履行義務を負う者は同時履行の抗弁を主張できると考えられています。これは、①双方とも弁済期にある以上、同時履行を認めるのが公平であるから、また、②先履行義務を負う者の履行遅滞については損害賠償を負わせることで足りるからです。

 ③ 相手方がその債務の履行の提供をしないこと

相手方が自分の債務の履行またはその提供をしないで履行の請求することが必要です。これに対し、相手方が履行の提供をして債務の履行を求めてきたのであれば、同時履行の抗弁を理由にその履行を拒むことができず、債務不履行に陥ることになります。履行の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならないのが原則です。

では、いったん履行の提供を受けたがそれを拒んだ当事者は、以後、相手方は履行の提供をしなくてもよくなるのでしょうか。

例えば、Bが履行の提供をしたが、Aが受領を拒み、自分の債務の履行もしないという状況において、①BがAに対し、履行の請求をする場合は、Aはなお同時履行の抗弁を主張できると考えられます。これは、履行の提供があったとしても双方の債権が存続する以上、同時履行関係に立たせることが公平だからです(特に、Bの財産状況が悪化した場合)。

②しかし、BがAの債務不履行を理由に契約を解除しようとする場合は、催告(契約を解除するにあたっては、相当の期間を定めて履行の催促をする必要があります)にあたって一度履行の提供をすれば足り、Bは改めて履行の提供をしなくても解除することができると考えられます。これは、催告の期間中もBに履行の提供の継続を求めることは、履行されない契約から解放されることを求めるBに過大な負担となるからです。

(3) 効果

 ① 履行の拒絶

同時履行の抗弁により、双務契約の相手方がその債務の履行の提供をしない限り、自分の債務を履行しなくてもよいのです。相手方から訴訟を提起されても、同時履行の抗弁を主張することにより、履行を拒絶できます。この場合、原告の請求が棄却されるのではなく、引換給付判決が言い渡されます。これは、「被告は原告に対し、金○○円を受けるのと引き換えに、その甲パソコンを引き渡せ。」という判決です。同時履行の抗弁は原告の請求を根本的に否定するものではないから、また、請求を棄却しても原告が履行したりその提供をしたりして再度訴訟を提起すれば勝訴するのであり、そうさせるのは時間や費用が無駄だからです。

 ② 債務不履行責任の不発生

同時履行の抗弁を主張できる双務契約の当事者は、相手方が債務の履行の提供をしない限り、自分の債務を履行しなくても、履行遅滞とはならず、損害賠償責任などの債務不履行責任を負いません。

 ③ 相殺からの保護

双務契約上の債権を有する者は、その契約とは別の発生原因に基づく債務とを相殺することはできません。相殺とは、互いに同種の目的を有する債務について、各債務者がその対当額で債務を消滅させるものです。この場合に相殺を認めると、その債権の債務者が同時履行の抗弁を主張することによって確保できた利益が一方的に奪われることになるからです。例えば、BがAに甲パソコンを売る契約をしたが、代金支払いも引渡しまだ済んでいない場合に、BがAに対する代金債権と、BがAに対して別に追っている貸金債務とを相殺することを認めると、Aは甲パソコンの引渡しを受けられないまま、代金支払いをさせられたことになり不利益を被ることになるのです。Aの側からみると、同時履行の抗弁を主張できる場合、Bが他の債権によって相殺することから保護されることになります。

(参照条文)民法533条、493条、541条、505条

(参考判例)大判大正7年8月14日民録24輯1650頁、大判明治44年12月11日民録17輯772頁、大判昭和13年3月1日民集17巻318頁

(参考文献)内田貴「民法Ⅱ(第3版)債権各論」(東京大学出版会、2011年)49頁以下

中田裕康「契約法(新版)」(有斐閣、2021年)145頁以下

(司法書士・行政書士 三田佳央)