(1) 損害賠償の方法
損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定めます。これを金銭賠償の原則といいます。物的損害も人的損害もすべて金銭で評価して賠償することになります。
このように金銭以外の損害も金銭で評価するとなると、価格変動の大きい物(株式や不動産など)の場合、いつの時点でその時価を評価するのかといいう問題が生じます。
(2) 損害賠償の範囲
① 意義
債務不履行に対する損害賠償の請求は、その債務不履行によって通常生ずべき損害の賠償をさせることを目的としているとされています。債務不履行によって通常生ずべき損害とは、社会通念上、その債務不履行から通常、定型的に生ずることが予想される損害のことです。これを通常損害といいます。この通常損害は、それが発生している限り、特に予見可能性を問題とすることなく賠償の範囲に入ります。
また、特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、その賠償を請求することができます。これを、特別損害といいます。これは、特別の事情がある場合には、その「事情」から通常生ずべき損害については、「特別の事情」が当事者にとって予見すべきであったと評価できるときに限り、賠償の範囲に入るということです。
通常損害とされれば、予見義務の立証は不要ですが、特別損害であれば、債権者が「特別の事情」の予見義務があったことを立証する必要があります。
このように、損害賠償の範囲を画定しているのは、債権者が被る損害で債務不履行との間で事実的因果関係のあるものは、ときに無限に発生することがあるからです。そこで、当事者間の公平を図るため、上記の通常損害・特別損害のルールは、債務不履行によって生じた損害につき、特殊の事情を除き、通常予想される因果関係の範囲に限定しようとするものであるとされています。このような考え方を「相当因果関係説」といいます。
② 通常損害・特別損害
何が通常損害で、何が特別損害なのかについては、一概には決められず、契約類型ごとに、当事者は消費者なのか事業者なのか、目的物は何かといった事情を考慮して区別具体的に判断するしかありません。
ただ、通常損害は、文字通り通常生ずる損害であるから、その判断は容易なのが通常です。例えば、売買の目的物が給付されなかった場合には、同種の物を買うために余計にかかった費用、特定物が滅失した場合には、その物の時価相当額、賃貸借の目的物の返還が遅れた場合には、その間の賃料相当額、利息付きの金銭債務の支払いが遅れた場合には、利息相当額が、通常損害に該当します。
では、特別損害とは何でしょうか。これは、どのような事情が「特別の事情」にあたるかが問題となります。例えば、売買契約の買主が、有利な転売契約を締結していたが、売主が目的物の引渡債務を履行しなかった場合には、転売契約の存在が「特別の事情」となり、その事情から生じた転売利益の喪失が特別損害となります。
また、飲食店で提供した商品に細菌が混入されていて、それを購入して食べた人に軽い下痢の症状が出たが(このような損害を拡大損害といいます)、ある買主は特異体質で、その下痢がもとで死亡した場合には、特異体質という特別な事情によって死亡という特別損害が生じたことになります。
③ 予見義務
特別損害で要求される予見義務については、予見する当事者と予見義務を判断する時期が問題となります。
まず、予見する当事者については、債権者・債務者の双方ではなく、債務者を意味すると考えられています。これは、債務不履行責任を負うのは債務者だからです。
次に、予見義務を判断する時期については、債務不履行時を基準にされるべきものと考えられています。これは、債務者が債務不履行をする際に、特別の事情について予見すべきである以上、それによる損害は賠償すべきであり、それがいやなら履行すればよいからです。すなわち、債務不履行時における債務者の認識が、因果関係の相当性判断の基礎となるということです。
④ 賠償額の算定
(ア) 金銭的評価
賠償すべき損害が確定すると、今度はその損害を金銭に評価しなければなりません。これを金銭的評価といいます。裁判所は、損害賠償を請求する者の提出した証拠に基づいて損害項目の金銭的評価をします。実務では次のような算定方法に従って行われています。①物・権利を引き渡す債務の不履行については、目的となる物・権利の時価(市場価格)を基準として評価します。②人身損害については、不法行為における生命侵害・身体障害の場合の金銭的評価の判例の基準が妥当します(この点については機会を改めて説明します)。③その他の場合については、例えば、債権者の被った損害項目自体が具体的な金額で表示することができる場合(履行遅滞の場合の代品の賃借料・履行不能の場合の転売利益の喪失など)は、その金額が主要な資料となります。
(イ) 損害賠償額算定の基準時
物を引き渡す債務について債務不履行があり、損害賠償すべき場合、その物の価格が変動しているとすると、どの時点の価格を基準とすべきかという問題が生じます。
履行不能における損害賠償額算定の基準時について、判例は、次のような基準を示しています。①原則は、履行不能時の時価です。②目的物の価格が高騰しつつあるという特別の事情があり、債務者が履行不能時において、その事情について予見可能であった場合には、債権者は高騰した価格で請求できます。③ただし、債権者がその高騰した価格まで目的物を持ち続けることはなく、高騰前に目的物を他に処分したであろうと予想された場合は除かれます。④価格がいったん高騰した後に下落した場合、その高騰した価格(中間最高価格)を基準にするためには、債権者が転売等により高騰した価格による利益を確実に取得したと予想されたことが必要です。⑤しかし、価格がなお高騰している場合は、債権者が現在においてその目的物を他に処分するであろうと予想されたことは必要ありません。
なお、②⑤については、債権者が転売目的ではなく自己使用目的で不動産を購入した場合でもよいとされています。このような場合であっても、その不動産の買主は、売主の債務不履行がなければ高騰した価格のあるその不動産を現に保有することができたはずだからです。
債権者が契約を解除した場合は、解除時の時価が基準になるとするのが判例です。これは、解除によって売主は目的物を給付する義務から免れ、その義務に代えて損害賠償義務を負う至るものだからです。
(3) 損害賠償額の減額調整
① 過失相殺
債務不履行またはこれによる損害の発生もしくはその拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、その過失を考慮して、損害賠償の責任およびその額を定めることになります。これを過失相殺といいます。これは、債権者に過失がある場合において、損害賠償の額を減額して利益調整を行うことにより、当事者間の衡平を実現する趣旨です。
② 損益相殺
損益相殺とは、債務不履行によって債権者が損害と同時に利益をも得た場合に、その利益分を賠償額から控除すべきであるという原則です。従来から解釈によって認められています。例えば、死亡が損害である場合に、逸失利益の損害賠償額から生活費を控除する場合です。生きていれば支出したはずの生活費が不要になったのだから、その分を差し引くのです。
(4) 損害賠償に関する特則
① 金銭債務
金銭債務の債務不履行における損害賠償については、その損害賠償額は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定められます。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率によります。
そのため、金銭債務の債務不履行における損害賠償については、債権者は債務不履行の事実(履行遅滞)を立証すればよく、損害の立証は不要です。
また、債務者は、不可抗力であっても免責事由とはなりません。これは、金銭は相当の利息を支払えば調達できるからであるとされています。
② 損害賠償額の予定
当事者は、債務不履行について損害賠償額を予定することができます。例えば、納期を遅滞すれば1日につき1万円を支払うという約定をした場合です。損害賠償額を予定した場合には、債務不履行の事実さえ証明できれば、損害の発生・その額の証明は不要となります。
賠償額の予定があっても、履行の請求や契約を解除することができます。
違約金は、賠償額の予定と推定されます。
(5) 賠償者の代位
債権者が、損害賠償額の全部の支払いを受けたときは、債務者は債務の目的である物や権利を取得します。例えば、BがAから甲パソコンを借りていたところ、何者かに盗まれてしまったので、BはAに対して甲パソコンの価額を賠償として支払った後に、Cが甲パソコンを盗んだことが発覚し、Cのもとで甲パソコンが保管されていた場合には、Bは甲パソコンの所有権を取得し、Cに対して、甲パソコンの返還を請求することができます。このような扱いにしないと、Aは賠償金の支払いを受けたにもかかわらず、甲パソコンの返還を受けることができることになり、二重の利益を得ることになってしまいます。
(6) 代償請求権
債務者が、履行不能となった原因と同一の原因によって債務の目的物の代償である権利または利益を取得したときは、債権者は、損害の額の限度で、債務者に対してその権利または利益の償還を請求することができます。例えば、目的物である建物が債務者の責めに帰すことができない事由によって焼失し、債務者が火災保険金を受領した場合に、債権者は債務者に対してその火災保険金を請求することができます。債務者は履行不能により債務を免れるところ、火災保険金をも受け取ることになるのは公平ではないからです。
(参照条文)民法417条、416条、418条、419条、420条、422条、422条の2
(参考判例)大連判大正15年5月22日民集5巻386頁、大判大正7年8月27日民録24輯1658頁(民法判例百選Ⅱ(第9版)7事件)、最判昭和37年11月16日民集16巻11号2280頁、最判昭和47年4月20日民集26巻3号520頁(民法判例百選Ⅱ(第9版)8事件)、最判昭和28年12月18日民集7巻12号1446頁(民法判例百選Ⅱ(第8版)8事件)、最判昭和41年12月23日民集20巻10号2211頁(民法判例百選Ⅱ(第8版)10事件)
(参考文献)内田貴「民法Ⅲ(第4版)債権総論・担保物権」(東京大学出版会、2020年)182頁以下
中田裕康「債権総論(第4版)」(岩波書店、2020年)191頁以下
(司法書士・行政書士 三田佳央)