弁済

契約が有効に成立することによって、その内容に従って債権が発生します。債権は、正常な経過をたどった場合、債務者の任意の弁済によってその内容を実現し、消滅することになります。弁済を受領し、保持することができるのは、最も基本的は債権の効力です(給付保持力)。そこで、まず正常な経過を知るために、「弁済」について検討することにします。

(1) 弁済とは

AB間でAの所有する甲パソコンを10万円で売却する契約が成立した場合には、AにはBに対して10万円を支払えと請求する債権が発生し、BにはAに対して甲パソコンを引き渡せと請求する債権が発生します。そして、BがAに対して10万円を支払うとAのBに対する債権は目的を達成して消滅し、AがBに対して甲パソコンを引き渡すとBのAに対する債権は目的を達成して消滅します。このA・Bの履行行為を弁済といいます。

このように、債務の内容通りに給付をすることが弁済であり、履行と同じ意味であり、それを別の観点から見たものだとされています。履行は、債務の内容を実現するという債務者の行為の面から見たもので、弁済は、債権が消滅するという観点から見たものです。これを、債権者側から見れば、債務者の弁済を受領し保持するということが、債権の最低限の効力であるといえます(したがって、契約の効力ともいえます)。

(2) 弁済の内容

何を弁済すべきかについては、債権の内容の問題であり、債権の発生原因である契約の解釈によって定まります。それをどのように解釈すべきかについて、債権の類型ごとに検討します。債権の類型としては、①特定物の引渡し、②種類物の引渡し、③金銭の支払い、④利息の支払いがあります。

 ① 特定物の引渡し

 (ア) 善管注意保存義務

債権の内容が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、契約や取引上の社会通念に照らして定まる善良な管理者の注意をもって、その物を保存しなければなりません。これを善管注意保存義務といいます。

特定物とは、当事者がその物の個性に着目して、引渡しの対象とした物のことです。例えば、名画・土地・中古自動車などです。名画はその作品自体しか存在しないから、土地は位置や形状によって価値が異なるから、中古自動車はそれぞれ状態が違うから、当事者は、取引に際して、その個性に着目するのが通常でしょう。

善管注意保存義務とは、民法の他の条文で見られる「自己の財産に対するのと同一の注意」という概念に対置されるものです。これは、自分の物に対するのと同じ程度の注意でよいということです。これに対して善管注意義務は、個々のケースに応じて、当事者の合意や取引上の社会通念で要求される十分な注意をすることが必要です。

例えば、AB間で、Aがその所有する中古自動車をBに100万円で売却するという契約が締結された場合、Aはその中古自動車の引渡義務を負います。そして、Aはもはや自分の車としての管理ではなく、善良な管理者としての注意をもって引渡しまで車を保管しなければなりません。もっとも、善管注意保存義務の内容は、客観的に決まっているわけではなく、まずは当事者の合意によって決まるので、特約があればそれに従うことになります。

 (イ) 現状での引渡し

特定物を引き渡す債務については、契約成立の時から引渡しされたときまでの間に、目的物の状態が変化することがあります。その場合、債務者は、契約および取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時(履行期)の品質を定めることができるときは、その定められた状態の物を引き渡さなければなりません。これに対し、履行期の品質を定めることができないときは、引渡しをすべき時の現状で、その物を引き渡さなければなりません。もっとも、契約であれば、引き渡すべき物の品質を定めることができない場合はまず考えられません。

では、契約締結後に、その目的物である特定物が、売上の善管注意保存義務に違反した結果、引渡し前に滅失・損傷した場合には、どのような関係になるでしょうか。

目的物が滅失した場合には、引渡しの債務は履行不能となり、買主は損害賠償請求や解除ができます。目的物が損傷した場合には、これも履行不能となり、買主は修補請求・損害賠償請求・解除ができます。

 (ウ) 所有権の移転時期

特定物の売買における目的物の所有権は、特約のない限り、売買契約が成立した時点で移転します。

 ② 種類債権

 (ア) 目的物の品質

種類債権において、契約の性質または当事者の意思によって定めることができないときは、債務者は、中等の品質を有する物を給付しなければなりません。もっとも、当事者にとって品質は重要だから、明示または黙示の合意で定まっていることが通常です。

種類債権とは、債権の目的を種類と数量で指示した場合の債権のことです。例えば、米100㎏を引き渡す債務などです。

 (イ) 目的物の特定

  ㋐ 意義

種類債権においては、①債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了するか、または②債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、それ以後はその物が目的物として扱われます。これを種類債権の特定といいます。例えば、「この米100㎏」といったように限定される段階になった場合です。

  ㋑ 要件

「債務者が物を給付するのに必要な行為を完了」した時点は、本来債務者がどのような態様で引渡しをなすべきかによって異なる。引渡しをなすべき態様としては、持参債務・取立債務・送付債務があります。

   (A) 持参債務

債務者が自ら債権者のところに持参すべき債務を、持参債務といいます。この場合には、契約で定めた履行地に持参して提供したときに特定します。履行地を定めていない場合は、債権者の現在の住所が履行地となります。例えば、米100㎏を購入し、自宅に届けてもらうことにした場合です。

   (B) 取立債務

債権者が債務者の住所地にて引渡しをすべき債務を、取立債務といいます。この場合には、債務者が目的物を分離し、引渡しの準備をしてその旨を債権者に通知することによって特定します。引渡しの準備をしてその旨を債権者に通知するだけでは目的物は特定しないのです。これは、目的物を分離していなければ、債権者が債務者の住所に目的物を受け取りに来たとしても、すぐに引き渡すことができないので、引渡しの準備をしたとは評価できないからです。

   (C) 送付債務

債権者・債務者の住所地以外の場所に目的物を送付すべき債務を、送付債務といいます。当事者が債権者・債務者の住所地を履行地として合意したのであれば、その場所へ持参するのが持参債務の原則ですが、債権者の要請で債務者が好意で第三の場所で引き渡す場合には、目的物の発送とともに特定します。

  ㋒ 効果

種類債権において引き渡すべき目的物が特定されると、債務者は、その特定した物を引き渡す債務を負うことになります。このことから、次の3つの効果が生じます。

   (A) 保存義務の加重

債務者は、その目的物に対して善管注意保存義務を負うことになります。

   (B) 滅失の場合における履行不能

その目的物が滅失すると、もはや引き渡すべき物がなくなるから、債務者の債務は履行不能となります。この場合、履行不能につき債務者の帰責事由の有無によって、危険負担の規定が適用されるのか、それとも債務者は債務不履行責任を負うことになるのかが決まります。

   (C) 所有権の移転

特約のない限り、特定によって目的物の所有権が移転します。

 (ウ) 制限種類債権

種類債権について一定の制限を加えて目的物を限定した場合を、制限種類債権といいます。例えば、この蔵の中にある米のうち100㎏というような場合です。

種類債権は、特定の前であれば、他から入手可能である限り履行不能にはなりません。しかし、制限種類債権では、その蔵の米が全部滅失すれば履行不能となります。あとは、履行不能につき債務者の帰責事由の有無によって、危険負担の問題となるか、それとも債務不履行責任の問題となるかが決まります。

また、制限種類債権は、例えば、その蔵の米を引き渡せばよいので、通常は品質が問題とはなりません。

 ③ 金銭債権

 (ア) 金銭債権の特殊性

金銭債権においては、債務者は、その選択に従って、各種の通貨で弁済することができます。これは、金銭債権とは、一定の金額の支払いを目的とする債権のことであり、物としての紙幣ではなく、その金額としての価値を目的とするものだからです。金銭債権は通貨で弁済する。通貨とは、強制通用力を与えられた支払手段のことであり、現在の日本では、硬貨と紙幣です。

ただし、特定の種類の通貨の給付を債権の目的としたときは、その通貨で弁済することになります。例えば、二千円札で10万円を支払うという合意をする場合です。もっとも、その特定の通貨が弁済期に強制通用力を失っているときは、債務者は、他の通貨で弁済しなければなりません。

 (イ) 外国通貨

外国の通貨の給付を債権の目的とした場合は、上述した日本の通貨で弁済する場合と同様です。もっとも、外国通貨で債権額を指定したときは、債務者は、履行地における為替相場により、日本の通貨で弁済をすることができます。例えば、10万ウォンの債権を名古屋で弁済するという場合、名古屋の為替相場により円で支払うことができます。

 (ウ) 振込みによる弁済

債権者の預貯金口座に振込みをすることによってする弁済は、債権者がその預貯金債権の債務者である金融機関に対してその振込みをした金額の払戻しを請求する権利を取得した時点で効力を生じるとされています。例えば、債務者Aが債権者Bに振込みによって弁済する場合、Aが取引銀行Cに振込みを委託し、C銀行はBが持っているD銀行の口座に振込みの通知がなされ、銀行間の資金決済システムを通じてC銀行からD銀行に資金が移動し、D銀行がBの預貯金口座に入金記帳を行うことにより、振込みは完了します。そして、原則として、D銀行がBの預貯金口座に入金記帳を行った時点で、弁済によりAの債務は消滅します。

 ④ 利息債権

 (ア) 利息と利率

利息債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率によるとされています。利息債権とは、利息の支払いを目的とする債権のことです。例えば、AがBから120万円を借りて、年10%の利率で毎月末日に利息を支払う合意をした場合には、月末の到来とともにBはAに対して1万円の利息の支払いを請求する権利が発生します。利率についての合意がない場合の利率は、法定利率である3%です。法定利率は、3年ごとに変動するものとされています。利率が変動した場合における利率は、別段の意思表示がないときは、その利息が発生した最初の時点における法定利率が適用されます。例えば、金銭消費貸借の場合は、借主が貸付金を受け取った日の法定利率が適用されます。金銭消費貸借においては、借主が貸付金を受け取った日から利息が発生するからです。

 (イ) 単利と複利

利息には、当初の元本に対してのみ利息が付される「単利」と、利息が順次元本に組み込まれる「複利」があります。当事者が合意しない限り、単利が原則です。ただし、利息の支払いが1年以上滞納し、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は延滞した利息を元本に組み入れることができます。

 (ウ) 利息の規制

金銭消費貸借における利息については、お金を借りる弱い立場を考慮して、特別法によって契約内容の規制が行われています。例えば、利息制限法は、当事者の合意によって利率を定める場合(約定利率)における、利率の上限を定めています。

 ⑤ 選択債権

債権の目的が数個の給付の中から選択によって定まるときは、その選択権は債務者にあります。例えば、AB間でA所有の甲パソコンか乙パソコンのどちらかの売買をする合意をした場合には、どちらのパソコンを給付するかはAが選択することになります。

選択権の行使は、相手方に対する意思表示によって行使します。その意思表示は、相手方の承諾を得なければ撤回することができません。

弁済期にある債権について、相手方から相当の期間を定めて催告をしても、選択権を有する当事者がその期間内に選択をしないときは、選択権は相手方に移転します。

当事者の合意によって、第三者が選択をすべき場合には、その選択は、債権者または債務者のどちらかに対する意思表示によって行います。ただし、第三者が選択できないか、選択する意思を有しないときは、選択権は債務者に移転します。

数個の給付の中に給付が不能なものがある場合において、その不能が選択権を有する者の過失によるものであるときは、残存するものを給付することになります。例えば、上述の設例でいえば、Aの過失により甲パソコンを毀損した場合には、Bは乙パソコンを給付するように請求することができます。

 ⑥ 弁済の費用

弁済をするについて費用が発生するときは、その費用は、別段の意思表示がなければ、債務者が負担することになります。弁済の費用としては、荷造費・運送費・公的な手続に要する費用などです。

なお、契約書作成や目的物の鑑定のための費用などの契約の費用は、弁済の費用とは異なり、当事者双方が等しい割合で負担するものとされています。

債権者が引っ越しなどによって弁済の費用が増加したときは、債権者が増加額を負担します。

(3) 弁済者

 ① 債務者

原則として、債務者本人が弁済すべきことは当然です。しかし、債務者の代理人や履行補助者(債務者が履行するにあたって使用する者のことです。例えば、家族・従業員・運送業者などです)も、債務の内容がそれを許すのであれば、弁済できます。では、これ以外の第三者は勝手に弁済することができるでしょうか。

 ② 第三者の弁済

 (ア) 原則

原則として、第三者も弁済することができます。ここにいう第三者とは、自ら債務を負っていない第三者のことです。したがって、保証人は、自ら保証債務を負っているから、第三者の弁済ではないことになります。

 (イ) 例外

  ㋐ 債務の性質

債務の性質が第三者の弁済を許さないときは、第三者は弁済することができません。例えば、音楽会の演奏債務・講演会の講演債務など、債務者本人が履行しなければ意味がない場合です。

  ㋑ 当事者の意思

また、当事者が第三者の弁済を禁止・制限する意思表示をしたときにも、第三者は弁済することができません。

  ㋒ 正当な利益を有する者

弁済をするについて正当な利益を有する者は常に第三者の弁済ができますが、正当な利益を有する者でない第三者は、債務者または債権者のいずれかの意思に反するときは弁済できません。

弁済をするについて「正当な利益を有する者」とは、弁済をして債務を消滅させることに法律上の利害関係を有する者のことです。例えば、物上保証人(担保不動産を提供している者のことです)・担保不動産の第三取得者などです。これらの者は、弁済によって債務が消滅すれば、所有不動産を失うことを回避することができるので、「正当な利益」があるとされます。

他方、債務者の親族や友人は事実上の利益を有するに過ぎないから、「正当な利益を有する者」とはされません。

弁済をするについて「正当な利益を有する者」ではない第三者の弁済について、債務者の意思に反する場合であっても、そのことを債権者が知らなかったときは、有効な弁済となります。これは、債権者を保護するためです。また、債権者の意思に反する場合であっても、第三者が債務者の委託を受けて弁済する場合であって、そのことを債権者が知っていたときは、債権者は受領を拒むことができず、有効な弁済となります。これは、債務者の委託を受けて弁済するときには、第三者が弁済できないと困るからです。

  ㋓ 第三者の弁済の効果

第三者の弁済が有効な場合は、債務者の債務は消滅し、あとは弁済をした者が債務者に対して求償する関係が残ります。

(4) 弁済の相手方

 ① 原則

弁済の相手は債権者ですが、そのほか債権者から受領の権限を付与された代理人等も含まれます。これらの者を受領権者といいます。

もっとも、債権者が差押えを受けた場合には、債権者は受領権限を失い、債権者に対してされた弁済も無効とされます。例えば、AがBに対する債権について確定判決を得て、BのCに対する債権を差し押えたときは、CがBに弁済をすると、Bとの関係では弁済は有効ですが、Aとの関係では弁済の効力を主張することができず、AはBの債権が存在するものとしてCから取り立てることができるのです。この場合において、CがAに弁済したときは、CはBに対して求償権を行使することができます。

 ② 受領権者としての外観を有する者

 (ア) 意義

受領権者以外の者に対する弁済は無効ですが、その者が受領権者としての外観を有する者であるときは、弁済をした者が善意無過失であったときに限り、有効な弁済となります。弁済をした者の信頼を保護することにより、取引の安全を図るためです。

 (イ) 要件

  ㋐ 受領権者としての外観

受領権者以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有する者に対する弁済であることが必要です。例えば、①戸籍上は相続人であるが真正の相続人ではなかった場合(戸籍上は養子であるが、その養子縁組が無効だった場合)、②債権譲渡が無効であるときの譲受人、③債権が二重に譲渡された場合における対抗要件を遅れて具備した劣後する譲受人、④預金通帳と銀行印を持参した者、⑤受取証書を持参した者、表見的な代理人(債権者の代理人と詐称して債権を行使する場合)などです。

  ㋑ 弁済者の善意無過失

弁済者は、受領権者としての外観を有する者が弁済の受領権限を有しないことについて、善意無過失でなければなりません。

 (ウ) 効果

弁済は有効となるから、債権者の債権は消滅します。債権者は弁済受領者に対して、不当利得返還請求または不法行為に基づく損害賠償請求をするしかない。受領権者としての外観を有する者の無資力のリスクは、債権者が負担することになります。

(5) 弁済の時期・場所

 ① 弁済の時期

債務の弁済は、弁済期にしなければなりません。弁済期は契約によって生じる債権については、意思表示または法律の規定によって定まります。

弁済の時間については、法令または慣習により取引時間の定めがあるときは、その取引時間内に限り、弁済または弁済の請求をすることができます。

弁済は弁済期にするのが原則ですが、債務者が期限の利益を放棄または喪失したときは、当初の弁済期より前に弁済すべきことになります。また、債務者が同時履行の抗弁を主張することができるときは、弁済期よりも後に弁済してよいことになります。

 ② 弁済の場所

弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、①特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在していた場所で、②その他の弁済は債権者の現在の住所で行うことになります。②は持参債務の原則を規定したものです。

このほか、売買代金の支払い・受寄物の返還などについて、個別に特則があります。

(6) 弁済の効果

 ① 基本的効果

弁済がされると、債権は消滅します。債権が消滅すると、その債権ついての保証債務も消滅します(これを保証債務の付従性といいます)。また、債権を担保するために設定されていた抵当権などの担保も消滅します(これを担保権の付従性といいます)。

このほか、①複数の債務がある場合に弁済者の提供した給付がすべての債務を消滅させるのに足りないときは、どの債務が消滅するのかが問題となります。また、②弁済者は、弁済したことの証明のための権利を取得します。③債務者以外の者が弁済した場合には、債権者の権利が消滅せずに弁済者に移転することがあります。③については、保証や担保権についての知識がなければ理解が難しいので、機会を改めて説明します。

 ② 弁済の充当

 (ア) 問題の所在

債務者が同一の債権者に対して同種の給付を目的とする数個の債務を負担する場合において、弁済として提供した給付がすべての債務を消滅させるのに足りないときは、どの債務が消滅するのでしょうか。例えば、BがAに対して、1,000万円の貸金債務と500万円の代金債務を負っており、Bが弁済として300万円の支払いをした場合です。

また、一個の債務の弁済として数個の給付をすべき場合において、債務者がその債務の全部を消滅させるのに足りない給付をしたときも、同様の問題が生じます。例えば、賃料債務が3か月遅れていたり、毎月のローンの返済が半年分滞納していたりしている場合です。

 (イ) 充当の順序

  ㋐ 合意による充当

両当事者との間に弁済の充当に関する合意があるときは、その順序に従って充当されます。

  ㋑ 合意のない場合

合意のない場合は、元本のほか、利息、費用(弁済の費用や契約の費用)の債務が存在するときは、①費用、②利息、③元本の順に充当されます。

  ㋒ 費用・利息・元本ごとの順序

① まず、債務者から債権者に対して、弁済をする時に、弁済を充当すべき債務を指定することができます。これを指定充当といいます。上記の設例でいえば、それぞれ150万円ずつ充当するようにと指定すれば、それに従うことになります。

② 債務者が充当を指定しないときは、債権者が充当を指定します。ただし、この指定に対して債務者が直ちに異議を述べたときは、指定がなかったのと同じ扱いになります。

③ 指定がないときは、民法が定めた規定に従って充当されます。これを法定充当といいます。

 (ウ) 法定充当

法定充当は、債務者の利益を考慮した規定です。具体的には、次のように充当されます。

① 弁済期にあるものとないものとでは、弁済期にあるものに先に充当されます。

② すべて弁済期にあるとき、またはないときは、債務者のために弁済の利益が多い者に先に充当されます。例えば、次のとおりです。

 ㋐ 利息付と無利息とでは利息付に先に充当されます。

 ㋑ 低利息と高利息とでは高利息に先に充当されます。

 ㋒ 連帯債務と単独債務とでは単独債務に先に充当されます(連帯債務を弁済すると求償の問題が残るからです)。

 ㋓ 担保付と無担保とでは担保付に先に充当されます(担保付債務の弁済を怠ると担保物を失うおそれがあるからです)。

③ 弁済の利益が等しいときは、弁済期が先に到来したものまたは先に到来すべきものに先に充当されます。

④ すべて同じであるときは、各債務の額に応じて充当されます。

 ③ 弁済の証明のための弁済者の権利

弁済者は、弁済の事実を証明するため、弁済受領者に対して2つの権利を有します。

 (ア) 受取証書交付請求権

弁済者は、弁済と引換えに、弁済受領者に対して受取証書の交付を請求することができます。受取証書とは、弁済の受領を証明する書面のことです。例えば、領収書・レシートなどです。受取証書の交付の請求と弁済同時履行の関係に立ちます。

 (イ) 債権証書返還請求権

債権証書がある場合に、弁済者が全部の弁済をしたときは、その債権証書の返還を請求することができます。債権証書とは、債権の成立を証明するために、債権者が債務者に作成させ、交付を受けた書面のことです。例えば、借用証などです。これは、債権証書があると債権の存在が事実上推定されてしまうので、債務者が二重払いを強いられないようにするための権利です。

債権証書の返還と弁済とは、引換えの関係に立つものではなく、弁済者は、弁済した後に、返還を請求できるだけです。弁済者の保護は、弁済時に受取証書の交付を受けることで一応は図られるからです。

(7) 弁済の提供・受領遅滞

 ① 意義

債務者が債務を弁済する過程において、債権者の関与や協力が必要となる場合が少なくありません。特に債権者の受領が必要となることが多いです。債権者が受領しないと、いつまでも債務が残り、債務者としては困ってしまいます。そこで、債務者としてすべきことをすれば、少なくとも自らが債務不履行の責任を負わされることはないようにしたのが、弁済の提供の制度です。

 ② 効果

債務者は、弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れます。「債務を履行しないこと」とは、履行遅滞のことです。

具体的な効果としては、債務者は、①契約を解除されることがなくなります、②損害賠償や違約金を請求されることがなくなります、③担保権の実行がされません、④約定利息が発生しません。このほか、⑤双務契約においては、同時履行の抗弁が消滅します。⑤の効果は、①~④より攻撃的な効果であるといえます。債権者の同時履行の抗弁が消滅することにより、債権者は自分の債務について遅滞に陥るので、弁済の提供をした者はそれを理由に契約の解除もできるようになるからです。

 ③ 提供の方法

 (ア) 2つの方法

弁済の提供には、「現実の提供」と「口頭の提供」の2つの方法があります。原則として現実の提供をしなければなりませんが、一定の場合には、口頭の提供でもよいとされています。

 (イ) 現実の提供

現実の提供とは、債務の本旨に従って現実にした提供のことです。すなわち、契約の内容に適合した弁済でなければならないということです。

  ㋐ 金銭債務の場合

債務の全額の提供でなければ債務の本旨に従ったものとはなりません。ただし、提供した金額が債務額にごくわずか不足する場合であれば、信義則上有効な提供となるとされます。例えば、100万円の債務額であるところ、提供した額が1,000円不足していた場合です。

弁済として提供した額が多すぎた場合、その提供が全額を受領しなければ支払わないという趣旨であったときには、債務の本旨に従ったものとはされません。

また、債務者が賃料を持参して債権者の代理人である弁護士の事務所に赴いたが、弁護士が不在のため、現金の提示ができなかったときには、特段の事情のない限り、その弁護士の事務員に対し受領の催告をしなくても、現実の提供があったとされます。この場合には、事務所を不在にする弁護士が、事務員に受領を頼んでおくべきであったといえます。

このほか、約定の日時・場所に金銭を持参すれば、債権者がその場に来なかったとしても、有効な提供とされます。

  ㋑ 物の引渡債務の場合

その自体態の提供が原則です。ただし、物に代わる証券を交付することが、現実の提供と認められることがあります。例えば、債務の内容である商品の送付に代えて、貨物引換証を送付する場合です。

 (ウ) 口頭の提供

  ㋐ 口頭の提供が認められる場合

①債権者があらかじめ弁済の受領を拒んだとき、または、②債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領を催告すれば足りるとされます。

  (A) 債権者があらかじめ弁済の受領を拒んだとき

「債権者があらかじめ弁済の受領を拒んだとき」の例としては、賃貸人が増額された賃料でなければ受領しないと主張している場合です。

もっとも、債権者が契約そのものの存在を否定するなど弁済の受領をしない意思が明確であると認められる場合には、口頭の提供も不要とされます。この場合には、口頭の提供をすることが無意味だからです。

  (B) 債務の履行について債権者の行為を要するとき

「債務の履行について債権者の行為を要するとき」とは、取立債務の場合と債権者の先行した協力行為を要する場合のことです。これらの場合には、債権者が先行した行為をしない限り、債務者が現実の提供をすることが不可能だからです。

もっとも、取立債務については、債権者が取立てに来ない限り、債務者は履行遅滞にならないから、債務不履行の責任を免れるためであれば、弁済の準備をして待っているだけで、履行期を過ぎていても口頭の提供は不要であると考えられています。

債権者の先行した協力行為を要する場合の例としては、売主が目的物の引渡場所をあらかじめ指定しなければならない場合です。もっとも、この場合においても、口頭の提供をしなくても、債権者が先行した協力行為をしない限り、債務者が債務不履行に陥ることはないと考えられています。

これらの場合において、口頭の提供が必要とされるのは、①債務者がすでに履行遅滞にあって、それを解消しようとする場合(例えば、履行期に債権者が引取りに来たが引渡しができず、その引渡しを猶予してもらった場合)、②相手方との同時履行関係を解消し、契約を解除する場合、相手方の受領拒絶状態を生じさせ、供託をして債務を消滅させる場合であるとされています。

  ㋑ 弁済の準備

口頭の提供における弁済の準備は、債権者の行為があれば相当な時期に弁済できるだけの程度のものとされている。

  ㋒ 通知・催告

債権者の受領拒否・先行した協力行為の必要ないずれの場合も、債務者は、弁済の準備をしたことを通知して、その受領を催告する必要があります。通知と催告は同時にしてもよいとされています。

 ④ 受領遅滞

 (ア) 意義

弁済の提供をしたのに債権者が受け取らない場合、あるいは受け取れない場合に、どのような効果が発生するのでしょうか。このような場合を受領遅滞といいます。

受領遅滞があった場合には、その債務の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は弁済の提供をした時からその引渡しをするまで、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、その物を保管すれば足りることされ、善管注意保存義務が軽減されることとなります。このように、受領遅滞の効果として、保存義務の軽減が定められています。

また、債権者が債務の履行を受けることを拒んだ場合や、受けることができない場合において、そのことによって弁済の費用が増加した分の額は、債権者が負担することとなります。このように、受領遅滞の効果として、増加費用の負担がさだめられています。

さらに、債権者が債務の履行を受けることを拒んだ場合や、受けることができない場合において、履行(弁済)の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなされます。そのため、536条2項により債権者は反対給付の履行を拒むことができなくなります。例えば、売買の目的物である甲パソコンの受領を買主が拒んでいる間に、甲パソコンが地震によって損壊したような場合です。この場合には、買主は、売主から代金の支払いを求められたときには、これを拒むことができません。このように、受領遅滞の効果として、履行不能についての危険が債権者に移転するものとして定められています。

 (イ) 要件

受領遅滞が発生する要件は、①履行(弁済)の提供があったこと、②債権者が履行を受け取ることを拒む場合か(受領拒否)、または、③受け取ることができない場合(受領不能)です。②③は、債務の履行に関して債権者の何らかの協力が必要であることを前提としています。

 (ウ) 効果

受領遅滞の効果としては、①特定物の引渡しにおける保存義務の軽減、②増加費用の負担、③危険の移転、④弁済供託が可能となることです。

(参照条文)民法473条、400条、659条、918条、926条、940条、944条、555条、483条、412条の2、415条、542条1項1号、541条、401条、484条1項、402条、403条、477条、404条1項2項3項、589条2項、405条-411条、474条、478条、481条、703条、709条、485条、558条、574条、664条、488-491条、486条、487条、492条、493条、533条、494条1項1号、413条、413条の2第2項、利息1条

(参考判例)最判昭和33年6月20日民集12巻10号1585頁、最判昭和30年10月18日民集9巻11号1642頁(民法判例百選Ⅱ(第9版)1事件)、最判昭和35年6月24日民集14巻8号1528頁、大判昭和15年5月29日民集19巻903頁、大判大正7年12月7日民録24輯2310頁、最判昭和61年4月11日民集40巻3号558頁(民法判例百選Ⅱ(第9版)26事件)、最判昭和35年12月15日民集14巻14号3060頁、最判昭和31年11月27日民集10巻11号1480頁、最判昭和39年10月23日民集18巻8号1773頁、最判昭和32年6月27日民集11巻6号1154頁、大判大正13年7月18日民集3巻10号399頁、大判昭和10年5月16日新聞3846号8頁、最大判昭和32年6月5日民集11巻6号915頁、大判大正10年11月8日民録27輯1948頁

(参考文献)内田貴「民法Ⅲ(第4版)債権総論・担保物権」(東京大学出版会、2020年)35頁以下

中田裕康「債権総論(第4版)」(岩波書店、2020年)350頁以下、37頁以下

鈴木禄弥「債権法講義(四訂版)」(創文社、2001年)198頁以下

我妻栄「新訂債権総論(民法講義Ⅳ)」(岩波書店、1964年)32頁

(司法書士・行政書士 三田佳央)