(1) 消滅時効とは
契約に基づいて発生した権利は、それ行使することが可能なのに行使しないままで長期間経過すると消滅します。これを消滅時効といいます。
(2) 債権の消滅時効の要件
売買代金請求権や損害賠償請求権などの債権の消滅時効は、その行使が可能となった時点から進行をはじめ、その後所定の期間内に行使されないと完成するのが原則です。
① 消滅時効の起算点
「権利を行使することができることを知った時」、または「権利を行使することができる時」から、消滅時効は進行します。前者は主観的な起算点であり、後者は客観的な起算点です。
(ア) 権利を行使することができることを知った時
確定期限(到来する時点が定まっている期限のことです)の定めのある債権は、期限の到来した時から消滅時効が進行します。例えば、11月30日が返済期日と定められている貸金債権の消滅時効は、その日から進行します。これは、同日から権利を行使することができ、また通常は、債権者は返済期日を知っているからです。
不確定期限(到来する時点が定まっていない期限のことです)の定めのある債権は、その期限が到来したことを債権者が知った時から消滅時効が進行します。例えば、父親が亡くなったら返済するという約束で借金をした場合、借主の父親が死亡したことを貸主が知った時から貸金債権の消滅時効が進行することになります。
期限の定めのない債権は、原則として、債権発生と同時に消滅時効が進行します。これは、債権者は、債権発生後はいつでも債権を行使することができるからです。
停止条件付きの債権は、条件成就したことを知った時から消滅時効が進行します。例えば、今年の司法書士試験に合格したら返済するという約束で借金をした場合、借主が司法書士試験に合格したことを知った時から貸金債権の消滅時効が進行することになります。
(イ) 権利を行使することができる時
確定期限の定めのある債権は、期限の到来した時から消滅時効が進行します。
不確定期限の定めのある債権は、不確定期限の到来した時から消滅時効が進行します。これは、不確定期限の到来により債権を行使することが可能となるからです。
期限の定めのない債権は、原則として、債権発生と同時に消滅時効が進行します。
停止条件付きの債権は、条件成就の時から消滅時効が進行します。これは、不停止条件の成就により債権を行使することが可能となるからです。
(ウ) 債権の行使を妨げる事情がある場合
債権を行使することについて個人的な事実上の障害によっては、消滅時効の進行を妨げられません。例えば、債権者の病気や海外旅行などです。
売買契約などの双務契約において、同時履行の抗弁権が存在している場合には、一方の債権者は権利を行使することができない。しかし、消滅時効の進行を妨げるものではないと考えられます。これは、自分の債務の履行を提供すれば相手方に履行を請求することができるからです。例えば、Aはその所有する甲パソコンをBに10万円で売却したが、甲パソコンの引渡しも代金の支払いもなされない場合において、BはAから甲パソコンを提供されるまでは代金の支払いを拒むことができるので(これを同時履行の抗弁権といいます)、Aは単純には代金債権を行使できません。しかし、代金債権行使にあたってのこの障害は、Aが甲パソコンを提供しさえすれば除去することができるので、代金債権の消滅時効の進行を妨げるものではないといえます。
② 債権の消滅時効の期間
(ア) 一般の債権
債権の消滅時効の期間は、①権利を行使することができることを知った時から5年、②権利を行使することができる時から10年です。
消滅時効の期間を計算するにあたっては、初日を算入しません。例えば、確定期限が令和6年11月30日であれば、令和6年12月1日から起算し、令和11年11月30日が終了した時に、期間満了となるのです。
(イ) 判決で確定した債権
確定判決または確定判決と同一の効力を有するもの(例えば、裁判上の和解・請求の放棄・請求の認諾など)によって確定した債権については、10年より短い時効期間が定められているもの(主観的な起算点による消滅時効の期間)であっても、時効期間は10年となります。これは、債権の存在が確定されたのに、その後の短期間経過によって効力が失われるのは妥当ではないからです。例えば、AはBに返済期日を令和6年11月30日として100万円を貸したが、期日を過ぎても返済されなかったので、令和11年10月31日にAがBに対する貸付金の返済を請求するために裁判所に訴え、その訴えが認められて令和12年4月1日に確定した場合には、その貸付金債権の消滅時効の期間は、令和22年4月1日までとなるのです。
ただし、確定の時に期限の到来していない債権については、時効期間は延長されません。
③ 時効の援用
(ア) 意義
時効は、当事者が援用しなければ効力を生じません。援用とは、ある事実を自分の利益のために主張することです。時効の効力を生じるには、時効期間の満了だけでなく、当事者による援用が必要とされているのは、時効の利益を受けるか否かを、当事者の意思に委ねるべきと考えられたからです(意思の尊重)。このように、時効が効力を生じるには、時効期間が満了するだけでなく、当事者の援用が必要とされているのです。
(イ) 援用することができる者
時効を援用することができるのは、当事者です。例えば、貸金債権の債務者です。
また、保証人(債務者の債務を担保するため、それとは別に保証債務を負う者のことです)・物上保証人(債務者の債務を担保するため、自己の所有する物を担保として提供する者のことです)・第三取得者(担保の対象となっている物を取得した者のことです)その他権利の消滅について正当な利益を有する者も、時効を援用することができるとされています。
保証人が援用することができる者とされているのは、自らも債務を負っており、債務者と同等の立場にあるからです。
物上保証人と第三取得者が援用することができる者とされているのは、自らは債務を負っていないが、債務者が弁済しないと担保に提供した財産が換価処分されて失う可能性があるからです。
このほか、売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記がされた不動産につき抵当権の設定を受けた者は、予約完結権の消滅時効を援用することができるとされています。これは、予約完結権が行使されると、抵当権の設定より所有権移転の方が優先され、設定された抵当権は抹消されることになりますが、反対に、予約完結権が消滅すれば抵当権を行使することができる地位にあるので、予約完結権の消滅について正当な利益を有する者に当たるからです。
これに対し、2番抵当権者は、1番抵当権の被担保債権(抵当権によって担保されている債権のことです)の消滅時効を援用できないとされています。これは、抵当権が実行されて対象不動産が売却されると、その売却代金は、まず1番抵当権の被担保債権に対して配当され、残金があれば2番抵当権の被担保債権に対して配当されるのであるところ、1番抵当権の被担保債権が消滅すると、2番抵当権の順位が上昇し、これによって被担保債権に対する配当額が増加する場合があるが、この配当額に対する期待は、抵当権の順位の上昇によってもたらされる反射的な利益にすぎないからです。
(ウ) 援用の方法・時期
裁判上で援用される場合だけでなく、裁判外で援用される場合であっても差し支えありません。実務では、裁判外で援用するときは、配達証明付の内容証明郵便を送付することが多いです。
時効の援用は、裁判における事実審の口頭弁論終結までになされることが必要です。時効の援用は攻撃防御方法の一種であるから事実審までにしなければならないからです。時効を援用しないでおいて、別訴で援用することは認められません。これを認めると、債権が存在するとして確定した判決の既判力(確定判決の後に提起された裁判における裁判所の判断に対する拘束力のことです)に抵触してしまうからです。
(エ) 援用の効果の及ぶ範囲
時効の援用の効果は、援用した者に関する部分についてのみ生じます。これは、時効の援用をするか否かは、各当事者の意思に委ねられているからです。例えば、債務者Bが消滅時効の援用をせず、物上保証人Cが消滅時効の援用をする場合には、債権者AはCには担保権の実行ができず、Bに対してのみ弁済を請求できることになるのです。
(オ) 時効利益の放棄と喪失
㋐ 時効利益の放棄
時効の利益は、あらかじめ放棄することができません。これは、時効の利益はそれを受けるか否かを当事者の意思に委ねるという法の趣旨に反するものであるから、また債権者が債務者の困窮した状態に乗じてあらかじめ消滅時効の利益を放棄させることを認めては著しく不都合だからです。同様の趣旨から、次項の完成を困難にする特約(例えば、時効期間の延長・時効の完成猶予事由の排斥など)は、無効であると考えられます。
このことの反対解釈として、時効の完成した後にその利益を放棄することは有効です。この場合には、前述した法の趣旨に反することはなく、また時効完成前の放棄のような弊害を伴わないからです。同様の趣旨から、時効の完成を容易にする特約は(例えば、時効期間の短縮など)、有効と考えられます。
㋑ 時効利益の放棄
時効利益の放棄とは異なり、時効利益を受けられることを知らずに、自分の債務を承認した場合のことを、時効利益の喪失といいます。これは、債務を承認するとその時から新たに消滅時効の期間が進行することになりますが、債務者が消滅時効の完成後に債務の承認をしても、消滅時効の完成の事実を知らないのが通常であるといえるから、時効利益の放棄とは区別して扱うべきだからです。
もっとも、時効完成の事実を知らずに債務の承認をした場合には、その後に消滅時効の援用をすることは許されません。これは、消滅時効の完成後に債務者が債務を承認することは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、債務承認後においては債務者に時効の援用を認めないことが信義則に照らして相当だからです。
(3) 債権の消滅時効の効果
債権の消滅時効の援用によって、その債権は消滅時効の起算日にさかのぼって消滅していたことになります。そのため、債務者は、時効期間中の利息を支払う必要がなくなります。
(4) 時効の完成猶予・更新
時効の完成を止めるという効果のことを時効の完成猶予といい、それまで経過した時効期間が無意味になり、新しい時効期間の進行が開始することを時効の更新といいます。民法には、①完成猶予および更新が生じる事由、②完成猶予だけが生じる事由、③更新だけが生じる事由が規定されています。
① 完成猶予および更新が生じる事由
(ア) 裁判上の請求等
一定の裁判手続において債権を主張した場合には(①裁判上の請求、②支払督促の申立て、③和解・調停の申立て、④破産手続参加等)には、その手続が終了するまでの間は、時効は完成しません。そして、その手続の終了によって債権が確定したときは、その手続が終了した時から新たに時効が進行します。これらの手続は、債権を主張するものであるだけでなく、債権の存在が確定するからです。
権利が確定することなくその手続が終了したときは、その終了の時から6か月を経過するまでの間は、時効は完成しません。
(イ) 強制執行等
債権強制的に実行する手続において債権を主張した場合には(①強制執行、②担保権の実行、③形式的競売、④財産開示手続・情報取得手続)、その手続が終了するまでの間は、時効は完成しません。そして、その手続が終了した時から新たに時効が進行します。これらの手続は、債権を行使する一形態であり、またその債権の存在がある程度公に確認されるものだからです。しかし、その手続が申立ての取下げまたは法律の規定に従わないことによる取消しによって終了した場合は、その手続が終了してから6か月を経過した時から元の時効期間が進行します。すなわち、時効の完成は6か月猶予されますが、更新の効果は生じません。この場合には、結局債権を行使しなかったのと同じだからです。
② 完成猶予だけが生じる事由
(ア) 仮差押え等
仮差押え・仮処分によって債権を主張した場合には、その手続が終了した時から6か月を経過するまでの間は、時効は完成しません。6か月が経過した後は、もとの時効期間が進行します。これらの手続は、債権の行使の一形態ではありますが、暫定的な手続であるので、完成猶予の効果しか認められていないのです。
(イ) 催告
催告をしたときは、その時から6か月を経過するまでの間は、時効は完成しません。催告とは、権利者が裁判外で請求することをいいます。催告をした時から6か月が経過した後は、もとの時効期間が進行します。催告は、債権の行使の一形態ではありますが、債権者の一方的な主張であり、これだけで債権の存在が確定に至るものではないので、完成猶予の効果しか認められていないのです。しかし、一応は債権の主張ではあるので、他の完成猶予または更新の効果生じる手続をする前段階の措置として、時効期間を若干延長する手段となり得るのです。そのため、催告によって時効が完成猶予されている間の再度の催告には、完成猶予の効果が認められません。
(ウ) 上記以外の場合
このほか、債権についての合意を行う旨の合意が書面でされた場合、債権の行使が困難な状況が発生した場合(未成年者・後見類型の本人の権利、夫婦間の権利相続財産に関する権利、天災等の発生)でも、時効の完成は猶予されます。完成が猶予される期間はそれぞれ異なります。
③ 更新だけが生じる事由
債権の承認があったときは、その時から新たに時効期間が進行します。承認とは、時効によって利益を受ける者が、時効によって権利を失うことになる者に対し、その権利が存在するとの認識を表示することです。支払猶予の申込みは承認となり、利息の支払いは元本の承認となり、債務額の一部の弁済承認は残額についての承認となります。承認は、債務者の意思表示によって直ちに時効の進行が停止し、またその時から直ちに新しい時効が進行するので、更新の効果のみが認められているのです。
承認をするには、相手方の債権の処分について、行為能力または権限があることを要しないとされています。例えば、権限の定めのない代理人・不在者財産管理人・相続財産管理人が承認する場合です。承認は単に債権の存在を認識して表明する行為であって、債務者が時効の更新のこうかを受けるのは、その意思に基づくものではないからです。
④ 時効の完成猶予・更新の効果の範囲
時効の完成猶予・更新の効果は、当事者とその承継人の間においてのみ生じます。
(参照条文)民法166条、533条、140条、141条、143条、169条、147条、145条、556条、369条1項、373条、146条、152条、144条、149条、150条、151条、158条~161条、152条、103条、28条、897条の2、153条、民事訴訟法266条1項、267条、156条、114条1項、383条1項、275条1項、不動産登記法109条2項、破産法111条、民事執行法43条以下、180条、195条、196条、204条、民事保全法20条、23条
(参考判例)最判平成2年6月5日民集44巻4号599頁、最判平成11年10月21日民集53巻7号1190頁(民法判例百選Ⅰ(第9版)38事件)、大判大正12年3月26日民集2巻4号182頁、大判昭和14年3月29日民集18巻6号370頁、大判大正8年6月24日民録25輯1095頁、最大判昭和41年4月20日民集20巻4号702頁(民法判例百選Ⅰ(第9版)39事件)、大判昭和2年1月31日評論16巻民415頁、大判昭和3年3月24日新聞2873号13頁、大判大正8年12月26日民録25輯2429頁
(参考文献)鈴木禄弥「民法総則講義(二訂版)」(創文社、2003年)296頁以下
四宮和夫・能見善久「民法総則(第9版)」(弘文堂、2018年)420頁以下
我妻栄「新訂民法総則(民法講義Ⅰ)」(岩波書店、1965年)430頁以下
伊藤眞「民事訴訟法 第7版」(有斐閣、2020年)548頁
(司法書士・行政書士 三田佳央)