1 序説
契約は、両当事者の意思表示が合致することによって成立します。しかし、その成立した契約の内容が、一定の性質を備えていなかったときは、その契約は無効となり、予定していた効力を生じません。では、契約が有効に成立するためには、その契約の内容としてどのような性質を備えている必要があるのでしょうか。その性質とは、①確定性、②実現可能性、③適法性、④社会的妥当性のことを指します。
2 確定性
(1) 給付内容の確定できない契約
ある契約の内容が明らかでない場合には、その契約は無効されます。例えば、AがBに対して「お前に何かいいものをあげよう」といい、Bが「もらおう」と応じた場合には、贈与契約が成立しているように見えますが、乙が裁判所に訴えたとしても、裁判所が乙の訴えを認めてもどのような判決をすればよいのかわからないので、この契約は無意味だからです。
もっとも、契約の内容のすべてが確定できる必要はなく、細かい契約条件を確定しておく必要はありません。少なくとも、契約の重要な部分が解釈によって確定することができることが必要です。
(2) 解釈による契約内容の確定
① 契約の解釈
以上のように、契約が成立しても、当事者が定めなかった契約条件を事後的に補う必要が生じることがあります(これを補充的解釈といいます)。また、当事者が明示的に合意していても、合意の内容が不明確で意味がはっきりしない場合もあります。さらに、当事者が明示的に定めた事柄について解釈によって修正することもあります(これを修正的解釈といいます)。このようなときには、契約の解釈によって契約の内容を確定することになります。
契約の解釈とは、契約の意味内容を明らかにすることであって、両当事者表示した意思が外形上は一致している場合に、その一致した表示が意味していることを明らかにすることです。
② 解釈の基準
契約の解釈については、①強行法規、②当事者の意思、③慣習、④任意法規の順番でその基準となるとされています。
(ア) 強行法規
契約の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従うとされています。「公の秩序に関しない規定」とは、任意法規のことです。この反対解釈として、強行法規と異なる意思が表示されていても、その意思は無視されることになります。強行法規については後述します。
(イ) 当事者の意思
契約は当事者の意思に基づいて構成されているから、その解釈の基準としては、強行法規に反する者でない限り、当事者の意思が優先的に基準となります。契約の解釈においては、当事者が表示した文言や文字がそのまま基準となるのではなく、当事者が本当に達成しようとした社会的経済的目的が基準とされます。もっとも、当事者がその内心で欲した目的自体は、外部から直接にうかがい知ることができず、また両当事者の目的は一致していないこともあるので、一定の事情のもとで両当事者が行った具体的な行動によって、両当事者が何を達成しようと欲したものと社会一般に見えるのかが、実際には解釈の基準となります。
(ウ) 慣習
ある慣習が存在し、当事者がその慣習に従わない旨を表示しなかったときは、この慣習に従って契約が解釈されることになります。ここにいう慣習とは、社会全般に普遍的なものだけでなく、その取引に関する取引社会・業種・場所において存在するものも含まれます。当事者が明らかにこの慣習に従わない旨の表示をしている場合には、慣習は解釈の基準とはなりません。この意味で慣習は当事者の意思に劣後するといえます。任意法規との関係では、慣習が優先します。これは、任意法規は一般的な合理性の基準であるのに対し、慣習は特定の取引社会における合理的な実務によって作り出されたものといえるからです。
(エ) 任意法規
強行法規と慣習が存在せず、当事者の意思も明らかでない場合には、任意法規が解釈の基準となります。任意法規については、後述します。
③ 意思表示の解釈との関係
契約は両当事者の意思表示の合致によって成立するので、まず、両当事者の意思表示を解釈し、両当事者の意思表示の合致があったか否かを判断します。そして、契約が成立したとなると、次にその内容が問題となります。そこで、契約の解釈によってその意味内容を明らかにしていくことになります。契約の解釈によって明らかになった内容で契約が成立したことにされると自分の内心の意思と食い違うことになる当事者は錯誤を主張して契約の効力を否定することになります。
3 実現可能性
契約の内容の実現が不可能な場合には、その契約は無効です。これは、このような契約は、強制的に実現することができず、また義務者が任意にその実現をしてその結果を権利者に与えることさえ不可能だからです。契約内容の実現が不可能な場合とは、物理的不能(事実的な不能。例えば、AとBとの間で、AがCの倉庫に預けてある甲パソコンを10万円で売却する契約を締結したが、その契約成立の直前にCの倉庫が火事になり、甲パソコンが焼失した場合)、法律的不能(例えば、目的物の給付が法律によって禁止されている場合)、社会通念上不能(例えば、琵琶湖に沈んだ指輪を拾うこと)とされるものをいいます。契約成立の時点ですでに実現不能である場合(これを原始的不能といいます)のみが、無効とされます。契約成立後に不能となった場合(これを後発的不能といいます)には、契約は無効とならず、債務不履行などの問題となります(例えば、AとBとの間で、AがCの倉庫に預けてある甲パソコンを10万円で売却する契約を締結したが、その契約成立の後にCの倉庫が火事になり、甲パソコンが焼失した場合)。もっとも、原始的不能の場合であっても、契約は無効とはならず、債務不履行責任として扱うべきであるとする見解が有力に主張されています。
契約の内容の一部が不能の場合には、可能な部分のみが契約として有効となります。ただし、契約の一部が無効であるとすれば、当事者がその契約の成立を全面的に欲しなかったであろうと見られる場合には、契約全体が無効となります。
4 適法性
契約の内容は、当事者の自由にゆだねられています(契約自由の原則)。しかし、契約自由といっても無制限に認められるわけではなく、社会の秩序に反する契約は許されません。そのため、公の秩序に関する規定(強行法規)に反する契約は無効とされます。
(1) 強行法規と任意法規との区別
当事者がその規定に反する効果を契約によって実現しようとすることを国家が拒むものが強行法規であり、これを拒まないものが任意法規です。具体的なある規定が強行法規か任意法規かの判断は、その規定の趣旨によることになります。
強行法規の例としては、当事者間で未成年者であっても取り消せないと決めても、その合意は無効です。
これに対し、任意法規の例としては、借家の賃料の支払いは月末に後払いで支払うのが原則ですが、当事者間の合意で前月の月末に前払いとすると決めることは有効です。
(2) 強行法規と取締法規との区別
強行法規は、さらに取締法規と区別しなければなりません。取締法規とは、一定の行為を禁止または制限することを目的とするもののことです。取締法規は、それに違反して行われた行為について、単に行為者を処罰するだけか、またはその契約の効力を否定するかが問題となります。もし、取締法規に違反する契約の効力が無効だということになると、契約上の債務は存在しないことになります。このように、契約の効力を無効とする取締法規を効力規定といいます。
取締法規は、一定の行為が現実に行われることを直接の目的としているのに対し、強行法規は、当事者が一定の行為によって達成しようとする契約の効力の実現について、国家が助力しないことを直接の目的としています。契約の効力を否定することが、その行為の禁止制限の目的はより十分に果たされる場合が少なくないでしょう。その反面、契約の効力を否定することは、取引の安全を害し、また自分で契約したことを無効であると主張して、義務を免れようとする者の主張を認めることになってしまう。そこで、ある取締法規が、効力規定か否かは、立法の趣旨・違反行為の社会的非難性の程度・この契約を無効とすることによる相手方や一般取引に及ぼす影響などを検討して決定されるべきです。
効力規定ではないとされた例としては、食品衛生法上の食肉販売の営業許可は取締法規にすぎないものであるから、当該許可を受けないものが行った食肉の売買契約を有効とした判例があります。
これに対し、効力規定とされた例としては、仲買人の名義を資格のない者に貸与する契約は無効であるとした判例があります。このような契約は、法律がその取引をする者を監督しようとしている趣旨に反するし、またこの契約を無効としても取引の安全を害することにはならないからです。もっとも、名義を借り受けた者が第三者と締結する契約は有効であると考えられています。
(3) 脱法行為
強行法規が禁止していることを、これを回避するため他の手段によって達成することは許されません。これを脱法行為といいます。脱法行為は原則として無効です。例えば、恩給は、担保に入れることを許されないものであるから、質権を設定することができないだけでなく、債権者に恩給の取立を委任する契約は無効とされます。
しかし、譲渡担保のように、当事者間の合意で物権を創設することはできないという原則を脱法するように見えても、合理的な必要に基づき法の理念に反しない手段で目的を達しようとする契約は有効とされます。
5 社会的妥当性
(1) 公序良俗違反とは
公の秩序または善良の風俗に反する契約は無効です。これは、契約の効力を認めることが社会的に見て余りに妥当性を欠くときは、無効とすべきだからです。公序良俗違反の内容は、具体的に定義することができず、裁判官の判断によって具体的な契約を無効と判断することになります。このように、解釈の余地の大きい漠然とした要件を持った規定のことを一般条項といいます。
(2) 公序良俗違反の例
例えば、男性の定年年齢を60歳、女性の定年年齢を55歳と規定する就業規則は、公序良俗に反し無効です。これは、性別のみによる不合理な差別を定めたものだからです。また、貸金債務が弁済されない場合には、貸金の約二倍になる保険の解約返戻金を債務の弁済に充てる旨の特約は、公序良俗に反し無効とされます。これは、他人の窮迫・軽率・無経験を利用し著しく過当な利益を獲得することを目的とする契約だからです。
これに対し、妻子と以前から別居している男性が、約7年に渡り半同棲のような形で不倫関係を継続した女性に、全遺産の3分の1を包括遺贈する旨の遺言は、公序良俗に反しないとされます。これは、不倫関係の維持継続を目的としたものではなく、その女性の生活を保全する目的でなされた包括遺贈は公序良俗に反しないとされたからです。また、食肉販売業の許可を得ていない者が精肉を買い受けても、その売買契約は無効とはなりません。これは、食品衛生法は単なる取締法規だからです。もっとも、許可に公益性が強いと、許可を得ていない者がした契約が公序良俗に反し無効とされる場合があります。例えば、弁護士法に違反して非弁護士が締結した委任契約は無効であるとした判例があります。
(3) 公序違反の判断時期
その契約が公序に反するものであるかどうかは、契約がされた時点の公序に照らして判断すべきであるとされます。これは、契約の効力は特別の規定がない限り契約成立時の法令に照らして判断すべきだからです。これによれば、契約成立後の経緯によって公序の内容が変化した場合であっても、契約成立時に有効であった契約が無効になったり、無効であった契約が有効になったりすることはないことになります。
(4) 動機の不法
借主が貸主を欺いて密輸の資金として金銭を借り受けた場合、その金銭消費貸借契約(お金の貸し借りをする契約のことです)は公序良俗違反ではないとし、貸主の貸付金の返還請求を認めた判例があります。これは、貸主にも多少の不法はあるがそれは甚だ微弱なもので、借主の不法に比べれば問題にならない程度であり、ほとんど不法は借主の一方にあるといえるから、この契約の効力を否定して貸主からの返還請求を認めない理由はないからです。
このような公序良俗違反の動機に基づく契約(これを動機の不法といいます)の有効性については、両当事者における動機の違法性の程度・認識、当該契約の効力を否定した場合における具体的状況を勘案して判断すべきでしょう。
6 内容に関する有効要件を欠く場合の効果
上述した内容に関する有効要件を欠く契約は、無効です。無効な契約は、当初から当然に効力を有することはなく、その契約によって予定されていた法律効果はまったく発生しなかったことになり、特定人の主張がなくても契約の効力は否定されるのです。また、契約の無効は、放置されて時間が経過しても有効となることはありません。さらに、契約の無効は、誰からでも、また誰に対しても、主張することができるとされています。
無効な契約に従ってすでに引き渡した物は、相手方に返還しなければなりません(これを原状回復義務といいます)。まだ引き渡しがされていない部分は、引き渡しをする義務は存在しないことになります。
(参照条文)民法91条、5条2項、614条、90条、121条の2第1項
(参考判例)大判大正8年11月19日民録25輯2172頁、最判昭和35年3月18日民集14巻4号483頁(民法判例百選Ⅰ(第8版)16事件)、大判大正15年4月21日民集5巻5号271頁、最判昭和56年3月24日民集35巻2号300頁(民法判例百選Ⅰ(第9版)13事件)、大判昭和9年5月1日民集13巻875頁(民法判例百選Ⅰ(第9版)14事件)、最判昭和61年11月20日民集40巻7号1167頁(民法判例百選Ⅰ(第9版)11事件)、最判昭和38年6月13日民集17巻5号744頁、最判平成15年4月18日民集57巻4号366頁(民法判例百選Ⅰ(第9版)12事件)、最判昭和29年8月31日民集8巻8号1557頁(民法判例百選Ⅱ(第5版補正版)73事件)
(参考文献)内田貴「民法Ⅰ(第4版)総則・物権総論」(東京大学出版会、2008年)267頁以下
四宮和夫・能見善久「民法総則(第9版)」(弘文堂、2018年)297頁以下
鈴木禄弥「民法総則講義(二訂版)」(創文社、2003年)138頁以下
我妻栄「新訂民法総則(民法講義Ⅰ)」(岩波書店、1965年)248頁以下
(司法書士・行政書士 三田佳央)