(1) 現行法における後見人等の死後事務の現状と課題
① 本人の死亡による後見人等の事務
法定後見(民法上の補助・保佐・後見のことです)は、本人が死亡することにより当然に終了します。法定後見制度は、本人の権利擁護を目的とする制度だからです。
本人の死亡により法定後見が終了した場合、後見人等(補助人・保佐人・成年後見人のことです)は、①家庭裁判所への報告、②終了登記の申請、③相続人の調査、④後見等(補助・保佐・後見のことです)の計算、⑤管理財産の引渡しという流れで事務を遂行し、後見人等の事務が終了します。
法律上、これら以外の死後の事務については、相続手続の中で処理されることが予定されています。しかし、実務上は、本人に身寄りがない場合や、相続人への引継ぎに時間がかかってしまう場合などでは、後見人等が対応せざるを得ないこともあります。そこで、現行法上、後見人等がどのようにして死後事務を遂行しているのかを見ていくことにします。
② 後見人等による死後事務の現状と課題
(ア) 施設利用料・入院費等の支払い
㋐ 現状
本人が亡くなると、入所していた施設の利用料や、入院していた病院の入院費の支払いの必要が生じます。本人が死亡するまでにかかった施設利用料や入院費については、たとえ月々支払いをしていたとしても、死亡した月の費用は本人の死亡後に未払いのまま残ってしまいます。このほかに、訪問介護・訪問看護・福祉用具レンタル料などの介護保険サービスの利用料や、電気・ガス・水道などの公共料金があります(公共料金については、利用停止の手続をするまでの料金がかかります)。
これらの費用については、施設・病院・事業者から後見人等に対して請求し、後見人等が支払いをしているのが実情です。では、この支払いはどのような根拠でなされているのでしょうか。実務では、事務管理または善処義務を根拠として支払いがなされていると考えられています。
㋑ 事務管理による対応
事務管理とは、義務なく他人のためにその他人の事務の管理をすることをいいます。後見人等は、本人の死亡により後見人等の地位が消滅するので、本人の死亡後に残っている未払いの債務については支払いをする義務はなく相続人の義務です。それでも後見人等がその支払いをするのであれば、それは本人の相続人のためにその支払いをすることになります。したがって、本人の相続人のために事務管理をしていることになると考えられるのです。もっとも、相続人の利益や意思に反することが判明すれば、その支払いをしてはなりません。
事務管理を根拠として支払いをする場合には、後見人等が管理している本人の財産から支払いをすることができず、後見人等が立て替えて支払いをし、本人の相続人に対してその費用の償還を請求することになるとされています。本人の債務について第三者が弁済する場合には、その第三者自身の財産をもって弁済し、その後、本人に対して求償をすること(弁済をした第三者が債務者である本人に償還請求をすることです。これにより、第三者による弁済により本人の財産の減少を免れたという利得・損失の割当てを調整します)が前提となっており、このことは、事務管理であっても同じだからです(事務管理をする者は、事務処理を頼まれたわけではないので、費用前払請求権は認められないからです)。
後見人等として管理していた本人の財産は、本人の死亡により相続財産となるので、後見人等が事務管理として支払いをする場合には、後見人等が自身の財産をもって支払いをし、相続人全員に対して求償をすることになるのが原則です。
もっとも、相続人全員の同意がある場合には、後見人等が管理している本人の財産(相続財産)から支払うことが可能であると考えられます。この場合には、相続人自身が相続財産の処分をしたことと同視できるからです。
なお、後見人等が事務管理により施設利用料等を支払った場合、相続人に対して報酬を請求することができません。事務管理は、本人の委託を受けることなく自ら義務のない事務処理を行うものであることから、本人に対する報酬の請求が認められていないからです。
㋒ 善処義務による対応
「急迫の事情があるとき」には、後見人等は、相続人が死後事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければなりません。これを善処義務といいます。これは、法定後見の終了によって本人側に不測の損害が発生しないように配慮したものです。「急迫の事情があるとき」とは、その事務処理をしないと本人側で不測の損失を被るおそれがある場合です。
そうすると、本人に関して施設利用料や入院費等の未払いがある場合には、遅延損害金が発生してしまうため、急迫の事情がある場合に該当するといえるので、後見人等は善処義務を根拠としてこれらの未払金の支払いをすることができると考えることができます。しかし、このように考えると、これらの未払金の支払いのほとんどが急迫の事情がある場合に該当することになってしまい、ほぼ無制限にこれらの未払金を支払うことができてしまいます。したがって、相続人への引継ぎに多大な時間がかかる場合など特段の事情がある場合においてのみ、急迫の事情がある場合に該当すると考えるべきとする見解があります。
本人の死亡後であって急迫の事情がある場合において、後見人等が善処義務を根拠として施設利用料や入院費等の未払金の支払いをするときは、後見人等が管理している本人の財産(相続財産)からその支払いをすることができます。これは、後見人等が善処義務を負う場合には、その事務処理をするについて、法定後見の終了前と同様の権限を有するものだからです(善処義務は、その義務が終了するまでの間は法定後見を継続させようとするものといえるからです)。
また、後見人等が善処義務により未払金の支払いをした場合には、報酬を請求することができます。
㋓ 後見類型における扱い
(A) 意義
後見類型においては、成年後見人は、本人が死亡した場合において、必要があるときは、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで、相続財産に属する債務の弁済をすることができるとする規定があります(民法873条の2)。これは、善処義務や事務管理を根拠として死後事務を行う場合、これらの要件を充たしているのか否か、事務の範囲が必ずしも明確でないことから、一定の範囲の死後事務について、成年後見人の権限に含まれることとその要件を明らかにしたのです。
(B) 要件
ⓐ 「必要があるとき」
成年後見人がこの規定により死後事務を行うには、「必要があるとき」でなければなりません。「必要があるとき」とは、例えば、入院費等の支払いを請求されているが、相続人の連絡先が不明であるなどの事情により、成年後見人が支払いをしないと、相当期間その支払いがされないこととなる場合が想定されています。
ⓑ 「相続人が相続財産を管理することができるに至るまで」
また、成年後見人がこの規定により死後事務を行うことができるのは、「相続人が相続財産を管理することができるに至るまで」です。これは、死後事務は本来相続人において行うべきものであるからです。
「相続人が相続財産を管理することができるに至るまで」とは、相続人に相続財産を実際に引き渡す時点までを指すものと考えられています。もっとも、成年後見人が相続財産を相続人に引き渡すことができる状況にあり、かつ、相続人がいつでも相続財産の引継ぎを受けることができる状態になった場合には、「相続人が相続財産を管理することができる」状態に至ったものと考えられるから、成年後見人は死後事務を行うことはできないとされています。これは、成年後見人は、本人の死亡後2か月以内に管理の計算をし、相続人に管理していた本人の財産を引き渡す義務を負っているので、成年後見人が相続財産を引き渡さない限りいつまでも死後事務を行うことができるとすることは相当ではないからです。
Ⓒ 「相続人の意思に反することが明らかなとき」は除かれる
「相続人の意思に反することが明らかなとき」には、成年後見人は、この規定による死後事務を行うことはできません。死後事務は本来相続人が行うものだからです。
「相続人の意思に反することが明らかなとき」とは、成年後見人が死後事務を行うことについて、相続人が明確に反対の意思を表示している場合をいいます。相続人が複数いる場合には、そのうちの一人でも反対の意思を表示しているときは、成年後見人は死後事務を行うことはできないと考えられます。
これに対し、相続人の存在が不明である場合、相続人はいるものの所在不明または連絡が取れない場合については、いずれも「相続人の意思に反することが明らかなとき」には該当しないと考えられています。
ⓓ 後見類型であること
この規定により死後事務を行うことができるのは、成年後見人のみであり、補助人・保佐人は含まれていません。これは、補助人・保佐人は成年後見人と異なり包括的な代理権を有しておらず、特定の法律行為について代理権を付与されるにすぎないので、補助人・保佐人に死後事務に関する権限を付与すると、本人の生前よりも強い権限を持つことになってしまい相当ではないと考えられたからです。
(C) 死後事務の範囲
上記の要件を充たしている場合には、成年後見人は、相続財産に属する債務の弁済をすることができます。ただし、弁済期が到来しているものに限ります。この死後事務を行うにあたっては家庭裁判所の許可を要しません。これは、このような債務の弁済は債務を消滅させ、遅延損害金の発生の防止にもつながるものであり、相続人の管理処分権を害するおそれは少ないと考えられるからです。
相続財産に属する債務の弁済としては、施設利用料や入院費等の支払い、介護保険サービスの利用料の支払い、公共料金の支払いなどがあります。
もっとも、これらの債務の支払いのため本人の預貯金口座から払戻しを受ける行為は、家庭裁判所の許可が必要であることに注意を要します。これは、債務の支払いをするための預貯金の払戻しをしないと、相続財産の総額が減少することになるため、家庭裁判所の許可が必要とされる「相続財産の保存に必要な行為」に該当するからです。
(イ) 遺体の引き取り・埋火葬・葬儀
㋐ 現状
本人に身寄りがない場合など、本人の親族・相続人によって本人の死亡後速やかに遺体の引き取りや埋火葬ができないときは、後見人等が遺体の引き取りや埋火葬の対応をしているのが実情です(通常は火葬を行い、埋葬は行われません)。遺体をそのまま施設や病室などの居住空間にそのままにしておくことができず、また、衛生的な観点からも短時間で対応せざるを得ないからです。それだけでなく、後日、相続人とのトラブルに発展してしまう可能性もあります。
もっとも、本人の死亡により後見人等の地位は消滅しているので、これらの事務をどのような根拠で行うことができるのかを明らかにする必要があります。
㋑ 事務管理による対応
まず、これらの事務については、事務管理を根拠として行うことができると考えられます。ただし、これらの事務に要した費用については、後見人等が立替払いにより支払うことになります(立替払いをした後に、相続人に対して求償することになります)。これは、本人の死後の新たな行為により発生した費用だからです(行為者が後見人等となるため、第三者弁済の問題となりません)。このため、事務管理としてこれらの事務処理を行うことは避けるべきです(なお、立替払いをせずに相続人に対して代わりに弁済することを請求することができる(代弁済請求といいます)とする見解もあります)。
㋒ 善処義務による対応
では、善処義務として対応することは可能でしょうか。遺体の引き取りや埋火葬の事務については、善処義務を根拠としてその事務処理を行うことは可能であるとする見解があります。これは、通常、遺体の引き取りは少なくとも2,3日以内に行うように要求されるので(病院で亡くなった場合は、その当日か翌日の引き取りを要求されることが多いようです)、相続人による対応を待っている時間がなく、また、短期間に遺体の埋火葬をしないと遺体の腐敗による衛生上の問題があることから、「急迫の事情があるとき」に該当すると考えられるからです。他方で、遺体の引き取りや埋火葬については、後見人等は善処義務を根拠としてその事務を行うことができないとする見解があります。これは、善処義務がある場合は、後見人等は法定後見の終了前の権限を有するものであるが、後見人等は遺体の引き取りや埋火葬の事務を行う権限を有しないからです。
これに対し、葬儀については、善処義務を根拠として行うことはできないと考えられています。これは、①死後の新たな行為であるから、②遺体の引き取りや埋火葬と異なり必ず行わなければならないものとはいえないから(実際に「直葬」(火葬式ともいいます。通夜や告別式等の宗教儀式を行わない火葬のみの葬儀形態のことです)が行われています)、③相対的に高額な支出となるからです(相続人とトラブルに発展するおそれがあります)。
㋓ 後見類型における扱い
後見類型においては、成年後見人は、本人が死亡した場合において、必要があるときは、相続人の意思に反することが明らかなときを除き、家庭裁判所の許可を得て、遺体の火葬または埋葬に関する契約の締結をすることができるとする規定があります(民法873条の2)。これは、実務上、成年後見人が本人の死亡後に火葬等の手続をする必要に迫られ、対応に苦慮する場合があることに対応するために、成年後見人の権限を明文化したものです。
「遺体の火葬または埋葬に関する契約の締結」とは、本人の遺体の引き取りや火葬・埋葬のために行う葬祭業者との契約の締結をいいます。火葬とは、死体を葬るためにこれを焼くことをいい、埋葬とは、死体を土中に葬ることをいいます。
遺体は衛生上や社会通念上、適切な方法で保管することが必要であるが、遺体の保管には相応の手間と費用がかかるため、相続財産の目減りを防止するという意味でも、早期に遺体を引き取り火葬等の手続をすることが必要であると考えられます。このため、相続人と連絡が取れない場合、相続人が遺体の引き取りを拒んでいる場合などにおいて、成年後見人が火葬等の契約を締結する必要に迫られることがあるのが実情です。もっとも、火葬はいったん行うとやり直しができず、事後に相続人との間で紛争が生ずるおそれがあります。そのため、成年後見人が家庭裁判所の許可を得たうえで、遺体の火葬または埋葬に関する契約の締結をすることができるものとされています。
「遺体の火葬または埋葬に関する契約の締結」には、納骨に関する契約は含まれるとされています。これは、身寄りのない本人が死亡した場合などにおいては、遺体の引き取り手がいないために成年後見人が遺骨の取り扱いに苦慮する事態が想定されるため、成年後見人が遺骨の火葬とともに納骨に関する契約を締結する必要があると考えられるからです。
これに対し、「遺体の火葬または埋葬に関する契約の締結」には、葬儀は含まれないとされています。これは、葬儀を行うことは公衆衛生上不可欠というわけではなく、法律上の義務とされているわけでもないし、また、葬儀の方法や費用負担等をめぐって事後に相続人との間でトラブルが生ずるおそれがあるからです。
なお、遺体の火葬または埋葬に関する契約の締結であっても、それが善処義務に該当すると認められる場合には、成年後見人が家庭裁判所の許可を得ることなく行うことも許容されるものと考えられています。
また、施設利用料や入院費等の支払いと同様に、この規定により遺体の火葬または埋葬に関する契約の締結をすることができるのは、成年後見人のみであり、補助人・保佐人は含まれていません。
(2) 死後事務の方向性
① 施設利用料・入院費等の支払い
(ア) 相続人への速やかな引継ぎが可能な場合
施設利用料や入院費等の支払いについては、相続人と連絡が取れて速やかに財産の引き渡しができるのであれば、後見人等が支払いをせずに相続人に財産の引き渡しをしてその支払いも相続人に任せることになります。
なお、この場合において、後見人等が事務管理を根拠として支払いをすることは可能です。この場合、後見人等が立替払いをして相続人に求償することが原則ですが、後見人等が管理している相続財産からの支払いも可能であると考えられます。これは、通常、第三者弁済の場合は、弁済をした第三者は本人の財産を管理していないので、弁済後に本人に対し求償して償還を受けるしかありませんが、後見人等は相続財産を管理しているので、立替払いをしてから相続人に求償して直ちに相続財産から償還を受けることができることから、立替払いをして直ちに相続財産から償還を受けるというのは迂遠であり、直接相続財産から支払いをすれば同じだからです。
(イ) 相続人への速やかな引継ぎが困難な場合
相続人への速やかな財産の引き渡しが困難であれば、後見人等が支払いをすることになりますが、どのような根拠で行うべきでしょうか。
この点について、民法873条の2が規定されるまでは、この支払いをしなければ遅延損害金が発生することから、「急迫の事情があるとき」に該当し、善処義務による支払いが許されるものと一般的に考えられてきました。これに対し、民法873条の2が規定されてからは、この規定は成年後見人が死後事務を行うことについて一定の要件を定めているので、ほぼ制限なく善処義務による支払いを認めることは矛盾するとして「急迫の事情があるとき」に該当するのは、相続人への引継ぎに多大な時間がかかる場合など特段の事情がある場合のみと狭く解釈するべきとする見解が主張されました。
思うに、後見人等は善処義務を根拠として施設利用料や入院費等のすることができ、支払いを民法873条の2が規定された現在においても変わるところはないと考えます。これは、①早期に支払いをすれば遅延損害金の発生を防止することができ、相続人にとってむしろ有利に働くから、②債務の内容はすでに確定したものであり、それは生前の正当な代理権によって成立したものであるから、③民法873条の2の規定は、成年後見人の死後事務について一定の要件のもとで行う権限があることを明らかにしたにだけであり、善処義務を根拠として死後事務を行うことを否定するものではないからです。
もっとも、相続財産が債務超過である場合には、後見人等が支払いをすることは避けるべきです。これは、①特定の債権者に対してのみ支払いをすることにより他の債権者とのトラブルが発生するおそれがあること、②後見人等による支払いが相続人による相続の単純承認とみなされてしまい、相続人が相続放棄をしようとしても認められない可能性があるからです(この点について、後見人等が死後事務を行ったとしても、相続放棄をする権限は有していないのであるから、後見人等が死後事務として相続財産の処分等を行ったとしても、相続人について相続の単純承認の効果は生じないとする見解があります)。
(ウ) まとめ
このように、①相続人に速やかな引継ぎをすることができる場合は、後見人等は相続人に引継ぎをして相続人により支払いをしてもらうことになります。②相続人に速やかな引継ぎをすることが困難な場合は、後見人等は善処義務を根拠として支払いをすることになります(善処義務による支払いが可能である以上、事務管理を根拠とする支払いについては、考える必要がないでしょう)。ただし、③債務超過の場合は、後見人等が支払いをすることは避けるべきです。
なお、相続人間の対立が激しい、相続人の協力が得られないなどの理由により、相続財産の引き渡しが実際上困難である場合には、後見人等が利害関係人として相続財産管理人選任の申立てをしたうえで、選任された相続財産管理人に相続財産を引き継ぐのが相当です。これは、後見人等は本人の死亡後2か月以内に管理の計算をし、相続財産を相続人に引き渡す義務を負っていることから、後見人等は、本人の死亡から2か月が経過した以降に死後事務を行うことは、基本的には想定されていないと考えられるからです。
② 遺体の引き取り・埋火葬・葬儀
(ア) 相続人への速やかな引継ぎが可能な場合
遺体の引き取り・埋火葬・葬儀についても、相続人と連絡が取れて速やかに引継ぎができるのであれば、後見人等が事務処理をせずに相続人にその事務を任せることになります。
(イ) 相続人への速やかな引継ぎが困難な場合
相続人に速やかに引継ぎが困難であれば、後見人等が遺体の引き取りと埋火葬(通常は火葬です)の事務を行うことになります。この場合、善処義務を根拠に行うことはできず、事務管理を根拠に行うことになると考えます。後見人等は、葬祭業者に依頼して直葬(火葬式)により遺体の引き取りから火葬までの事務を行います。葬儀を行うことは避けるべきです。
この場合、葬祭業者への費用の支払いは、後見人等は相続人に対し、代弁済請求をすることができると考えられます。これは、①後見人等が遺体の引き取りや火葬の事務を行うことは本人のために行われるものであることから、これにかかる費用は相続財産が負担するものと考えられるから、②葬式の費用については、相当な額に限り、相続財産全体に対して一般の先取特権(債務者の総財産を対象とする担保制度のことです)が認められているからです。
また、後見人等は、直接相続財産から支払いをすることができると考えられます。これは、後見人等は、相続財産を管理しているので、相続人に対して代弁済請求をして相続財産から償還を受けるのは迂遠であり、直接相続財産から支払いをすれば同じだからです。また、このような処理をすることが、相続人に負担をかけないように慮る本人の遺志に沿うものといえるでしょう。
なお、成年後見人については、一定の要件を充たしていれば、家庭裁判所の許可を得て「死体の火葬または埋葬に関する契約の締結」をすることができます。しかし、この方法は実務上問題があります。遺体の引き取りや火葬に関する事務は、本人の死亡後短時間で行わなければなりませんが(実務では、本人の死亡した日から一両日中に行うように求められることが少なくありません)、家庭裁判所に許可の申立てをし、実際に許可を得るまでにそれ以上の時間がかかることが想定されるので、家庭裁判所の許可を得てから遺体の引き取りや火葬の事務を行うことが現実的ではないのです。
家庭裁判所では、特段の問題がみられない申立てについては、申立てを受理した当日または翌開庁日には許可審判を行うという運用がされているようです。しかし、このような運用がなされているとしても、本人の死亡後2日以内に許可を得るには、死亡日か翌日には許可の申立てをしなければならないことになりますが、これは本人の死亡の事実を知ってから直ちに対応しなければならないので、後見人等の負担が大きく、また、死亡診断書の取得が間に合わない可能性も高いでしょう。また、土日祝日には家庭裁判所は開庁していないので、本人の死亡日やその翌日・翌々日が土日祝日である場合には、その分だけ許可を得るのが遅くなってしまいますが、たとえ本人が土日祝日に死亡した場合であっても、遺体の引き取りを先延ばしにすることはできません。
このように、後見人等が、家庭裁判所の許可を得て、遺体の引き取りや火葬の事務を行うことは、現実的ではないと考えられます。家庭裁判所の許可を得ることなく事務管理を根拠として後事務を行うことは否定されるものではないので、家庭裁判所の許可を得ずに事務管理により遺体の引き取りや火葬の事務を行うことになるのではないでしょうか(なお、立法担当者は、成年後見人において火葬の必要性を明らかにすることは比較的容易であり、家庭裁判所が拒否の判断をする際も、速やかに判断されるものと考えられるとしているが、家庭裁判所に対する申立ての手続を迅速に行うことが必要であるともしており、これが申立てをすることへの障害となり得るでしょう)。
家庭裁判所の許可は、後日、相続人とのトラブルを防止するためお墨付きという意味合いを持つものとされており、そのために死後事務を行った後に家庭裁判所の許可を得ることに意義があるという指摘があります。
(ウ) まとめ
以上のように、①相続人に速やかな引継ぎをすることができる場合は、後見人等は、相続人に連絡して遺体の引き取りや火葬等の事務を任せることになります。②相続人に速やかな引継ぎをすることが困難な場合は、事務管理を根拠として遺体の引き取りや火葬の事務を行うことになります。具体的には、葬祭業者に遺体の引き取りと直葬を依頼することになります。これにかかる費用は、相続人に代弁済請求をするか、相続財産から支払うか、どちらかの方法により処理することになると考えられますが、実際には、直接相続財産から支払うことになると思われます。これは、通常、葬祭業者は費用の支払いをあまり待ってくれないので、速やかに支払いをしなければならないからです。
なお、遺体の引き取りや火葬等の事務処理は短時間で行わなければならないので、相続財産管理人の選任の申立てをする必要性が生ずることはありません。
(参照条文)民法863条1項、876条の10第2項、876条の5第3項、870条、697条1項、874条、654条、700条、474条、702条1項2項、499条、896条本文、873条の2第2号、885条、306条3号、309条1項、後見登記8条1項、墓地・埋葬等に関する法律2条2項
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(司法書士・行政書士 三田佳央)