(1) 本人の同意の内容
① 現行法の規律
現行の補助類型においては、開始の審判及び代理権や同意権・取消権の付与の審判は、本人の申立てによるか、本人以外の者の申立てによる場合は、本人の同意が要するとされています。
現行法上の補助の制度においては、その対象となる者はある程度の判断能力を有するものであることから、保護の必要性やその範囲について本人の自己決定に委ねることとしたのです。
② 現行法における本人の同意の内容
補助開始の審判の申立てにおける同意は、補助開始の審判を受けることへの同意です。したがって、申立時において本人が同意していても、審判時において同意がなければ補助開始の審判をすることができません。
代理人・同意権の付与の審判における同意は、個々の代理権や同意権・取消権を補助人に付与することへの同意です。これは、自己決定の尊重の観点から、本人が自己の意思により選択した特定の法律行為に限って、補助人に代理権や同意権・取消権を付与して本人の保護を図ることとしたものです。
(2) 本人の同意の位置付け
① 問題点
現行法上の補助の制度は、本人保護の必要性が認められるような場合であっても、本人の同意がなければ補助開始の審判の申立てをすることができません。しかし、このことについては、本人はある程度の判断能力を有するものの、すでに「判断能力が不十分な者」となっていることから、下記の点において問題があると思われます。①補助制度の意味や内容をよく理解することができるか、②保護の必要性が認められる場合において、本人の同意がないからといって、保護をせずに放任することが本人にとって良策といえるか。
② 検討
(ア) 現行法における対応
まず、補助制度の内容をよく理解することができない場合は、そもそも「判断能力が不十分な者(補助相当)」には該当せず、「判断能力が著しく不十分な者(保佐相当)」または「判断能力を欠く常況にある者(後見相当)」に該当するものと考えられます。補助開始の申立てにおいて本人の同意が要件とされているのは、本人が補助制度の意味や内容をよく理解することが前提となっていると考えられるからです。補助制度の意味や内容をよく理解することができるからこそ、その開始の審判を受けることについて同意をするか否かの判断をすることができるのだといえるでしょう。
また、保護の必要性が認められるにもかかわらず、本人の同意があるとは認められない場合においても、同様に、補助相当ではなく保佐相当または後見相当に該当するものと考えられます。保護の必要性を認識できない場合やそれを認識しながら同意ができない場合には、判断能力が著しく低下しているか、または、判断能力を欠く常況にあると思われるからです。
このように、本人が補助制度の内容をよく理解することができない場合や、保護の必要性が認められるにもかかわらず、本人の同意があるとは認められない場合には、補助開始の審判の要件である「判断能力が不十分な者」には該当せず、保佐開始または後見開始の審判の対象者として保護すべきものと考えられます。
もっとも、このような場合において、開始の審判の申立時に家庭裁判所に提出する診断書(成年後見制度用)に、本人の判断能力が「補助相当」と記載されているときに、保佐開始または後見開始の審判の申立てをするには、診断書を作成し直すか、家庭裁判所に診断書の記載内容と申立ての趣旨(保佐開始または後見開始の審判の申立て)が食い違っている理由を説明する必要があるでしょう。後者の場合には、本人情報シートや申立て事情説明書などの添付資料において、本人の判断能力が保佐相当または後見相当である旨の説明を補足することになります。また、後者の場合は、原則として家庭裁判所から鑑定を指示されると思われます。
(イ) 立法論
㋐ 同意要件の削除
上述のように、現行法上問題となっているのは、本人を保護する必要性が認められるにもかかわらず、本人の同意が認められず、本人を支援することができないケースがあることです。
まず、本人の同意は不要であると考えることができるでしょうか。本人の同意は、自己決定の尊重の観点から必要とされている要件です。ただ、補助の対象者となる本人は「判断能力が不十分な者」であることから、本人保護のために自己決定の尊重を一歩後退させることが必要ではないでしょうか。そこで、本人保護の必要性が認められる場合には、本人の同意がなくても成年後見制度による保護を開始することは可能であると考えられます。
㋑ 本人保護の必要性
では、本人保護の必要性がどの程度まで認められれば、本人の同意がなくても、保護の開始を認めてもよいのでしょうか。
この点については、本人の生命・身体・財産に大きな危険が及ぶようなケースでは、本人保護の必要性が非常に大きい場合に限り、本人の同意が認められなくても保護を開始することはやむを得ないとの意見があります。ただ、成年後見制度の目的が、精神上の障害により判断能力が不十分であるため法律行為における意思決定が困難な者について、判断能力を補うことによって、本人の生命・身体・自由・財産などの権利を擁護することにあるのだから、このような限定された場面だけでなく、成年後見制度による保護を開始しなければ、本人の生命・身体・自由・財産などの権利に危険が及ぶようなケースについても、本人の同意がなくても、本人保護の必要性を認めて、保護を開始してもよいのではないかと思われます。
例えば、自宅で独居生活をしている高齢者が、精神上の障害により判断能力が不十分であるため、自分では生活環境を維持できず日常生活に支障をきたしているケースや、適切な財産管理ができておらず税金・健康保険料・介護保険料などの滞納・公共料金等の未払いが常態化しているケースなどです。
本人保護の必要性の有無は、成年後見制度の開始の審判の際に提出される申立書・本人情報シート・申立事情説明書等の書類の記載内容や、受理面接での本人から聴取した内容などを考慮して判断することになるかと思われます。
㋒ 保護の対象・程度
(A) 保護の対象
このように、成年後見制度による本人保護の必要性が認められる場合には、本人の同意がなくても開始の審判を認めてもよいと考えられます。もっとも、この場合にどこまでの保護を認めてよいのかが問題となります。
補助において補助人に対して代理権を付与することによる保護については、本人の同意がなくても認めてもよいと考えられます。補助人に代理権が付与されても、本人は自ら法律行為をすることができるし、本人が自らできない行為については補助人がその代理権を行使して本人を支援することができるからです。保佐・後見についても同様に考えられます。
これに対し、補助人に対して同意権・取消権を付与することによる保護については、本人の同意なくしては認められないと考えるべきです。補助人に同意権・取消権が付与されると、本人の行為能力を制限することになるので、自己決定の尊重の観点からは過度な制約と考えられるからです。このことは、保佐・後見についても同様に考えられます。現行法上は、保佐人・成年後見人に対しては、本人の同意がなくても当然に同意権・取消権が付与されることになっており、また、その範囲もあらかじめ法定されています。しかし、これは自己決定の尊重の観点からは硬直的かつ過度な制約であるし、障害を理由に法的能力を制限してはならないとする障害者権利条約の内容に適合していないと思われます。この点において、保佐・後見は問題のある制度であるといえるでしょう。
(B) 保護の程度
また、どの程度まで保護を認めるべきかについても問題となります。自己決定の尊重の観点からは、保護の必要性が認められる範囲内において、本人の保護を図ることができると考えることになるでしょう。
補助人に対する代理権の付与は、具体的に保護の必要性が認められる特定の法律行為についてのみ認められると考えるべきでしょう。現行の補助と保佐は、補助人・保佐人に対して特定の法律行為について代理権を付与するという仕組みとなっているので、これを維持すべきと考えられます(ただし、上述のように、本人の同意は不要とします)。これに対し、現行の後見のような成年後見人に包括的な代理権を付与することは認めるべきではありません。
同意権・取消権の付与は、そもそも本人の同意がなければ認められないので、本人の同意のある特定の法律行為についてのみ認められると考えるべきです。現行の補助は、特定の法律行為について補助人に対して同意権・取消権が付与されるという仕組みになっているので、これを維持すべきでしょう。これに対し、現行の保佐と後見は、開始の審判がされると民法で定められた法律行為について、保佐人・成年後見人に対して同意権・取消権(成年後見人については取消権のみ)が付与される仕組みとなっており、この点は特定の法律行為について同意権・取消権を付与する仕組みに変えなければならないでしょう。
㋓ 自己決定の尊重の在り方
本人の同意がなくても開始の審判や代理権付与の審判をすることができるとするのであれば、どのようにして自己決定の尊重を図っていくのかが問題となります。
この点については、審判手続の中で自己決定の尊重を図っていくことが可能であると考えられます。現行法上では、家庭裁判所が開始の審判をする際には、本人の意見を聴取することとされているので、自己決定の尊重を図ることができます。代理権付与の審判については、補助と保佐では本人の同意を要するとされていることから、その手続の中で本人の意見を聴取するのではなく、申立ての際に同意書の提出を求めているという運用がされています。また、後見では、成年後見人に対して当然に包括的な代理権が付与されるものの、本人の同意は不要とされているだけでなく、本人の意見を聴取することもありません。しかし、開始の審判と同様に、本人の同意がなくても手続の中でその意見を聴取することにより、自己決定の尊重を図ることが可能となります。このように、開始の審判及び代理権付与の審判においては、本人の意見をその審判の要件の総合的な考慮要素の一つとして位置付けられるということがいえるでしょう。
これに対し、同意権・取消権の付与については、本人の同意をその審判の要件とするので、これによって自己決定の尊重が図られます。
(3) まとめ
これまで述べてきたように、成年後見制度の開始の審判については、保佐と後見だけでなく、補助においても同様に本人の同意がなくてもその審判をすることを認めるべきと考えられます。補助人・保佐人・成年後見人に対する代理権付与の審判についても、後見だけでなく、補助・保佐についても人の同意がなくてもその審判をすることを認めるべきと考えられます。同意権・取消権付与の審判については、補助だけでなく、保佐と後見においても同様に本人の同意を要件とすべきであると考えられます。
また、代理権付与の審判については、補助と保佐だけでなく、後見においても本人保護の必要性が認められる範囲内で認めるべきであると考えられます。同意権・取消権付与の審判については、補助だけでなく、保佐と後見においても本人の同意のある範囲内で認めるべきと考えられます。
このようにみると、補助・保佐・後見それぞれに差異がないことになります。これらのことからすると、現行法上の類型を廃止して一元的な構成とし、その中で自己決定の尊重と保護の必要性とを調和させる仕組みを採用することにより、その双方の理念を通じて本人の権利を擁護することを可能とする制度となるのではないでしょうか。
(参照条文)民法15条1項2項、17条1項2項、876条の9第1項2項、13条1項4項、9条本文、876条の4第1項、859条1項、13条1項4項、9条、家事事件手続法133条、119条1項、139条1項、130条1項、120条1項
(参考文献)新井誠・赤沼康弘・大貫正男編「成年後見制度―法の理論と実務(第2版)」(有斐閣、2014年)34頁
「成年後見制度の在り方に関する研究会 報告書」(商事法務研究会、2024年)59頁以下
「新版注釈民法(1)総則(1)(改訂版)」(有斐閣、2002年)370頁
小林昭彦・大門匡・岩井伸晃編「新成年後見制度の解説(改訂版)」(きんざい、2017)3頁
(司法書士・行政書士 三田佳央)