(1) 意思能力
契約の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その契約は無効とされます。すなわち、契約の時に意思能力を有することが契約の有効要件となるということです。意思能力とは、自分が行った契約の法的な結果を認識・判断する精神的能力のことです。例えば、買主として売買契約を締結すると、目的物の所有権を取得し、その代わりに代金を支払う義務が生じることを認識することができる能力です。契約の種類・内容によっても異なりますが、おおよそ7歳から10歳の子どもの判断能力であると考えられています。このような意思能力のない者(意思無能力者といいます)が行った契約を法的に有効として扱うことは適当ではないので、無効とされます。契約によって法的な効果が生じるのは、自己の意思に基づいてのみ、権利を取得し、また義務を負担することができると考えられており(これを意思自治の原則といいます)、当事者に意思能力のない場合には、その契約はその者の意思に基づくとはいえないからです。
(2) 行為能力
① 行為能力の意義
意思能力を有していれば単独で契約を締結することができるのが原則です(これを行為能力といいます)。しかし、意思能力を有している者でも判断能力が不十分な者もあり、その本人が単独で締結した契約に基づいて義務を負わせると財産上の損失を被る場合があります。そのような本人を保護するために、単独で契約を締結することを制限する必要が生じます。すなわち、行為能力を制限することによって、本人の保護を図っているのです。このように、行為能力を制限された本人を制限行為能力者といいます。
② 意思能力と判断能力との関係
判断能力とは、契約が自分にとって利益か不利益かを判断する能力のことで、民法上は「事理を弁識する能力」と規定されています。したがって、意思能力と判断能力とは異なる概念であると考えられます。意思能力の有無は、個々の契約との関係で判断するものであり、その有無のみが問題となり程度は問題とはならないのに対し、判断能力の有無は、個々の契約とは関係なく判断するものであり、どの程度の判断能力を有しているのかが問題となります。すなわち、意思能力の有無は、日用品の購入・不動産の売買・保証契約という個々の契約についてそれぞれ判断することになりますが、判断能力の有無は、日常的な契約の判断はできるか・重要な契約の判断はできるか・第三者の支援があれば判断できるかなど、保護の必要性がどこまであるのかという視点で判断することになります。このことから、意思能力は精神医学的な見地から判断するものですが、判断能力は、法的評価として判断するものであるといえます。
したがって、判断能力を欠く常況にある場合は、意思能力が存在しないことになりますが(判断能力を欠く常況にあるか否かは、意思能力が存在しない者について、制限行為能力者として本人を保護すべきか否かという法的評価として判断されるからです)、判断能力があっても契約によっては意思能力がないとされることもあります。
(3) 制限行為能力者
制限行為能力者としては、未成年者と成年後見制度が定められており、成年後見制度として、補助・保佐・後見の三類型が定められています。
① 未成年者
(ア) 原則
㋐ 法定代理人の同意
18歳未満の者は未成年者とされます。未成年者が契約を締結するには、法定代理人の同意を得なければなりません。法定代理人とは、通常は親権者のことであり、親権者がいないときは未成年後見人のことです。親権者とは、父母のことであり、未成年者が養子のときは養親のことです。未成年者が法定代理人の同意を得ずに締結した契約、取り消すことができます。例えば、未成年者Aが、親権者Bの同意を得ることなく、自分が所有する甲パソコンをCに10万円で売却した場合には、Bはこの売買契約を取り消して、Cに対し、甲パソコンの返還を請求することができるのです。
18歳未満の者すべてが未成年者となるので、契約の種類・内容によっては、未成年者の中でも意思能力を有する者もいれば(例えば、高校生)意思無能力者(例えば、幼稚園児)もいることになります。しかし、未成年者は社会的な経験が十分ではないため適切な判断ができない危険があることから、社会的経験が未熟な者を一定年齢で定型化し、法定代理人の同意を得ずに締結した契約を取り消すことができるようにすることで、未成年者である本人の保護を図っているのです。
㋑ 未成年者取消権
(A) 取消権者
法定代理人の同意を得ずに締結した契約を取り消すことができるのは、未成年者本人、その法定代理人、未成年者の承継人(相続人・包括受遺者のこと)です。本人は、意思能力さえあれば、単独で取り消すことができます。単独での取消しができないと十分な保護にならないからです。相続人・包括受遺者は、未成年者本人が死亡した時に、取消権を承継するからです。包括受遺者とは、遺言によって遺産の全部または一定の割合を承継する者のことで、相続人と同一の権利義務を有します。
(B) 取消権の行使
取消権は、相手方に対して意思表示をすることによって行使します。相手方の同意は不要です(このような意思表示を形成権といいます)。一定の要式は必要なく、取消しの意思がわかるものであればよいです。取消しの意思表示が相手方に到達した時に、その効力が生じます。
この取消権は本人が締結した契約を取り消すことができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅します。これは、この契約が取り消すことができる状態のままで長期間継続することになると、相手方や第三者の地位が不安定になることから、取消権は時間の経過によって消滅し、契約は確定的に有効となるとされています。
「取り消すことができる時」とは、①未成年者本人については、成年(18歳)に達したとき、②その法定代理人については、本人による契約の締結を知ったときです。このため、未成年者本人の取消権と法定代理人の取消権とでは、それぞれ時効により消滅する時期が異なることがあります。本人が未成年である間に法定代理人において、その契約が本人によって締結されたことを知った場合です。
また、契約の時から20年が経過したときも、取消権は消滅します。法定代理人が選任されていない状態が長期化すると、いつまでも取消権は消滅しないことになり、法律関係の不安定な状態が続いてしまうからです。
(C) 取消権の効果
契約が取り消されると、初めから効力が生じなかったものとみなされます。そのため、この契約から生じる債務が履行されていない場合には、債務者は履行を拒絶することができ、債務がすでに履行されている場合には、債務者はその原状回復を求めることができます。すなわち、未成年者本人から相手方に対して給付した物の返還を請求することができます。
もっとも、未成年者本人の返還義務は、現に利益を受けている限度(これを現存利益といいます)においてのみ存在します。例えば、未成年者Aは、所有する甲パソコンを、法定代理人の同意を得ないでBに10万円で売却し、Bに引渡し、代金を受け取ったが、この10万円を盗まれてしまった場合、Aの得た利益は現存していないから、Aはこの10万円を返還しなくても、甲パソコンを取り戻すことができます。この場合において、Aが盗まれた10万円を返金しなければ甲パソコンの返還を請求することができないとすると、未成年者取消権を付与して保護しようとした趣旨が失われてしまうので、Aの返還義務は現存利益についてのみ存在するとしたのです。現存利益とは、取り消された契約によって得た事実上の利益が、そのまま残存しているか、形を変えて残存していることを意味します。このような形でその利益が残存しているのであれば、その返還義務を負わせても未成年者取消権を付与して保護しようとした趣旨が失われることはないからです。例えば、Aが受け取った10万円を浪費したときは、利益が現存しないから、返還しなくてもよいのです。これに対し、Aが10万円を必要な生活費に支出したときは、返還しなければなりません。10万円を支出したことによって自分の財産の支出を免れているので、利益が現存しているといえるからです。
(イ) 例外
次の行為は、法定代理人の同意は不要であり、意思能力があれば未成年者が単独で行うことができます。
㋐ 単に権利を得る行為・義務を免れる行為
これらの行為は、未成年者にとって有利であり、不利になることはないからです。例えば、贈与を受けること、債務を免除する申込みを承諾すること(免除は債権者が単独でもすることができますが、契約ですることもできます)などです。
㋑ 処分を許された財産の処分
法定代理人が目的を定めて処分を許した財産について、その目的の範囲内で自由に処分することができます。これは、処分を許した財産については、その目的の範囲内で処分することに法定代理人の包括的な同意があったと考えられるからです。例えば、パソコンを購入するために親が高校生の子に10万円を渡し、どのような機種を購入するのかは子の判断に任せたような場合です。
また、目的を定めないで処分を許した財産について、自由に処分することができます。この場合にも、子に渡した財産の処分について法定代理人の包括的な同意があったと考えられるからです。例えば、親が子に毎月「お小遣い」を渡す場合です。ただし、お小遣いを貯めて未成年者が投資取引をすることについてまで包括的同意が及んでいるとは考えられていません。あくまで、社会通念上「お小遣い」としての処分が許容される範囲において包括的同意が及んでいると考えられるからです。
㋒ 未成年者への営業許可
営業を許された未成年者は、その営業に関しては、行為能力を有するものとされるので、単独で契約を締結することができます。営業許可は、その営業に関する行為についての法定代理人による包括的同意であると考えられるからです。営業とは、利益を得る目的で同種の行為を反復・継続することをいいます。商業・工業・農業その他の実業・自由職業など、広く営利を目的とする継続的な事業を意味します。
許可の対象となる営業は、「一種または数種の営業」についてなされるべきであり、「あらゆる種類の営業」や「一種の営業の一部」についての許可は認められません。営業を許された以上、その営業に属する行為を単独でできないと営業自体を困難にし、また、許された営業の範囲が不明確だと取引の相手方に不測の損害を与え、取引の安全を害することになるからです。
いったん営業が許可された場合でも、未成年者がその営業に堪えることができない事由があるときは、法定代理人はその許可を取り消し、または、制限することができます。
㋓ 追認
(A) 意義
未成年者本人が法定代理人の同意を得ずに締結した契約について追認すると、以後、取り消すことができなくなります。すなわち、追認することにより、その契約は確定的に有効なものになるのです。これは、未成年者取消権は、未成年者が法定代理人を得ずに締結した契約により不利益を被ることを防ぐための制度であるので、その契約を追認した場合は、未成年者が不利益を被ることを考慮する必要がないからです。追認は事後的な同意であり、取消権の放棄を意味するといえます。
(B) 方法
追認は、未成年者本人またはその法定代理人によって、相手方に対する意思表示をすることによって行います。相手方の同意は不要です(形成権)。一定の要式は必要なく、追認の意思がわかるものであればよいです。追認の意思表示が相手方に到達した時に、その効力が生じます。
(C) 要件
追認が効力を生じるには、次の要件を充たしている必要があります。
① 取消しの原因となっていた状況が消滅したこと
未成年者本人が追認をするには、成年になった後でなければなりません。正常な判断ができるようになってからでなければ、契約を確定的に有効とし権利義務を発生させる追認を認めるべきではないと考えられたからです(これに対し、取消しは、元に戻すだけだから広く認めてもよいことになります)。
ただし、法定代理人が追認をする場合、未成年者本人が法定代理人の同意を得て追認をする場合には、未成年者本人が成年になっている必要はありません。未成年者が不利益を被ることを考慮する必要がないからです。
② 取消権を有することを知った後に追認の意思表示がされたこと
追認は、その契約を確定的に有効なものとし、取消しができなくなるようにする意思表示だからです。取消権を有することを知ったとは、未成年者が法定代理人の同意を得ずに契約を締結したことを知ったことです。
(D) 法定追認
ⓐ 意義
追認をすることができる時以後に、未成年者が法定代理人の同意を得ずに締結した契約について社会通念上追認があったと認められる一定の事実があったときは、追認する意思の有無を問わず、追認したものとみなされます。これを法定追認といいます。これは、取消原因が消滅して正常な判断が可能となった後も、なおその契約が有効であることを前提に行動している以上、もはや取消権は行使しないものと信じた相手方の期待を保護し、取引の安全を図る必要があるからです。
ⓑ 要件
次に掲げる事実があったことです。
① 全部または一部の履行 取消権者による履行だけでなく、相手方による履行を取消権者が受領することも含まれます。
② 履行の請求 取消権者がする請求を意味し、相手方からの請求は含まれません。
③ 更改 更改とは従前の債務に代えて新たな債務を負担することです。取消権者が契約の当事者としてその契約により発生した債権や債務を他の債権や債務に更改する場合です。
④ 担保の供与 取消権者が自己の債務につき担保を供与する場合だけでなく、自己の債権につき担保の供与を受ける場合も含まれます。担保は、抵当権などの物的担保と保証債務などの人的担保を意味します。
⑤ 法定代理人の同意を得ずに締結した契約によって取得した権利の全部または一部の譲渡 取消権者がする場合に限られます。
⑥ 強制執行 取消権者が債権者として執行した場合です。債務者として強制執行を受けた場合も含まれるか否かについては、見解が分かれています。
この事実が、追認をすることができる時以後に発生したことが必要です。すなわち、①未成年者本人が成年になったことと、②未成年者本人または法定代理人が取消権を有することを知ったことです。これは、この要件を充たしていないときに社会通念上追認と認められる一定の事実が生じたとしても、その契約が有効なものであることを前提に行動しているとはいえないので、追認をしたものとみなすことは相当ではないからです。
追認する意思は不要です。法定追認は、客観的事実の存在によって取引の安全を図ることを目的とするものだからです。
ただし、異議をとどめたときは、追認したものとはみなされません。例えば、未成年者が法定代理人の同意を得ずに締結した契約によって負担した債務について強制執行を受けた場合に、これを免れるために一応弁済するにあたり、追認でないことを表示したときです。このような場合には、相手方はその事実が契約を有効なものであることを前提としていないことを知ることができるため、追認の効果を認めなくても相手方の期待を裏切ることにはならないと考えられるからです。
㋔ 相手方の催告権
相手方は、未成年者本人またはその法定代理人に対し、1か月以上の期間を定めて、未成年者が法定代理人の同意を得ずに締結した契約を追認するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができます。これは、その契約が取り消されるかもしれないという不安定な地位にある相手方を保護するためです。これにより、相手方は、取消権の消滅時効の期間の経過を待たずして、法律関係を確定させることができます。
この催告が、本人が成人になった後に本人に対してされた場合において、本人が期間内に確答しないときは、その契約を追認したものとみなされます。また、この催告が、本人が未成年者である間にその法定代理人に対してされた場合において、その法定代理人が期間内に確答しないときも、その契約を追認したものとみなされます。これらの場合においては、催告を受けた者は取消し・追認をすることについて正常に判断することができるにもかかわらず期間内に確答をしないのは、法律関係を現状のままで確定させる意思があると考えられるからです。
確答はその期間内に発信されていれば、期間経過してから相手方に到達したとしても、期間内に確答を発信したことを証明できれば、その確答の内容に従った効果を主張することができます。
なお、この催告が、本人が未成年者である間に本人に対してされた場合には、相手方は本人に対して催告をしたことを主張することができません。これは、未成年者には意思表示の受領能力がないからです。催告は、法律効果を発生させるものではないので意思表示ではありませんが、法律に基づいて一定の効果を生じさせるものであることから、意思表示に準じた扱いをすべきであると考えられるからです。
㋕ 未成年者本人の詐術
未成年者本人が行為能力者であることを信じさせるため詐術を用いたときは、その契約を取り消すことができません。例えば、16歳の未成年者が自分は20歳だと偽って金銭を借りる場合などです。このような未成年者を相手方の犠牲において保護する必要がないからです。法定代理人の同意を得たと偽った場合も含まれると考えられています。
どのような場合に詐術を用いたことに該当するのかについて、判例は、①積極的詐術が用いられたときに限られない、②本人が未成年者であることを黙秘していた場合でも、他の言動とあいまって、相手方を誤信させ、または誤信を強めたときにも詐術に当たる、③単に未成年者であることを黙秘していただけでは詐術に当たらない、としています。「詐術」という以上は、未成年者本人が自分の行為能力(法定代理人の同意を得ていることを含みます)について相手方の誤信を生じさせたり、誤信を強めたりするために、何らかの積極的な行為を用いることはもちろん詐術に該当します。しかし、未成年者が自分の行為能力について黙秘するのは通常の態度なので、単なる黙秘が詐術に該当するとなれば、未成年者取消権を行使することできないのとほとんど同じ結果になり、未成年者を保護するために取消権を与えた法の趣旨が失われてしまいます。もっとも、行為能力について黙秘が具体的状況のもとにおいて詐術としての積極的意味をもつものと評価すべき特段の事由がある場合は、詐術に該当するものと考えるべきです。この場合における黙秘は、単なる黙秘とはいえないからです。
なお、詐術があっても、相手方が未成年者であることを知っていた場合には、未成年者取消権を行使することができます。相手方を保護する必要がないからです。
㋖ 取消権の消滅
取消権は時効により消滅すると、行使することができなくなります((3)①(ア)㋑(B)参照)。
(参照条文)民法3条の2、7条、11条、15条1項、4条、5条、6条、818条1項2項、839条1号、120条1項、549条、519条、120条1項、882条、896条本文、990条、964条、126条、121条の2第1項3項、122条、123条、124条、513条、369条、446条、21条、20条1項2項、民事執行法22-173条
(参考判例)大判明治38年5月11日民録11輯706頁、大判昭和7年10月26日民集11巻19号1920頁(民法判例百選Ⅰ(第5版補正版)39事件)、最判昭和44年2月13日民集23巻2号291頁(民法判例百選Ⅰ(第6版)6事件)
(参考文献)内田貴「民法Ⅰ(第4版)総則・物権総論」(東京大学出版会、2008年)101頁以下、121頁以下
四宮和夫・能見善久「民法総則(第9版)」(弘文堂、2018年)44頁以下
鈴木禄弥「民法総則講義(二訂版)」(創文社、2003年)57頁以下、16頁以下、40頁以下
潮見佳男「民法総則講義」(有斐閣、2005年)107頁以下
我妻栄「新訂民法総則(民法講義Ⅰ)」(岩波書店、1965年)60頁以下、403頁
小林昭彦・大門匡・岩井伸晃編「新成年後見制度の解説(改訂版)」(きんざい、2017)50頁
新井誠・赤沼康弘・大貫正男編「成年後見制度―法の理論と実務(第2版)」(有斐閣、2014年)24頁以下
河上正二「民法総則講義」(日本評論社、2007年)50頁以下
「新版注釈民法(1)総則(1)(改訂版)」(有斐閣、2002年)315頁以下、426頁以下、386頁以下
「新版注釈民法(4)総則(4)」(有斐閣、2015年)530頁以下
(司法書士・行政書士 三田佳央)