契約の成立

契約が成立することにより、その契約の内容に従った効果が生じます。そこで、契約がどのようにして成立するのかを見ていきましょう。

(1) 要件

① 申込みと承諾の合致による成立

契約は、申込みに対して相手方が承諾をしたときに成立します。例えば、売買であれば、AがBに対してその所有するパソコンを10万円で売るという申し込みをし、Bがそれを承諾した場合です。

 ② 申込み

 (ア) 申込みの意義

申し込みとは、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示のことです。例えば、BのAに対する、Aが所有するパソコンを10万円で買いたいという意思表示のことです。また、AのBに対する、その所有するパソコンを10万円で売りたいという意思表示のことです。

申込みは、これに対して承諾があれば契約が成立するものでなければなりません。他人の申込みを誘う広告などは、申込みではなく申込みの誘引といわれるものです。例えば、飲食店の求人広告に対して応募をしたとしても、それだけでは契約は成立するわけではありません。求人広告は申込みの誘引であり、それに対する応募が申込みであり、採用するという回答が承諾ということになります。実務では、申込みの誘引の内容として申込みに条件が付されていることが少なくありません(例えば、年齢・年収・反社会的勢力でないことなどです)。この場合には、申込みの誘引に対して申込みがなされた段階で、相手方においてその申込みが条件を満たしているか否かの審査をし、条件を満たしていると判断したときには承諾をするという流れになります。

申込みには、承諾期間の定めのあるものと、承諾期間のないものがあります。

 (イ) 承諾期間の定めのある申込みの効力

   ㋐ 申込みの撤回(申込みの拘束力)

承諾期間の定めのある申込みは、撤回することができません。これは、申込みがなされたことにより、相手方は、承諾期間中に承諾をするときは契約を成立させることができるという期待と信頼を持つことになるからです。これを申込みの拘束力といいます。もっとも、申込者が撤回をする権利を留保したときは、承諾期間内であってもその申込みを撤回することができます。これを認めても相手方の期待や信頼を裏切ることにはならないからです。

   ㋑ 承諾の通知を受けたとき(申込みの承諾適格)

申込みにより定められた承諾期間内に承諾の通知を受けたときは、契約が成立します。申込みがその効力を有する間に承諾がなされたからです。これを申込みの承諾適格といいます。

㋒ 承諾の通知を受けなかったとき(申込みの承諾適格の存続期間)

承諾期間内に承諾の通知を受けなかったときは、その申込みは効力を失います。申込みを撤回しなくても自動的にその効力は失われます。この場合、申込みの承諾適格は、承諾期間が経過すると消滅するということになります。そのため、承諾期間経過後に承諾がなされても、契約は成立しません。もっとも、申込者は、承諾期間から遅れて到達した承諾を、新たな申込みとみなすことができます。これは、このように扱うことが申込者にとって便利であることはもちろん、相手方も承諾の通知をしていることから契約の成立を望んでいることが明らかであるので、双方にとっても便利であり弊害もないからです。

以上のことは、隔地者間の契約であっても対話者間の契約であっても同じです。どちらであっても、承諾の期間を定めて申込みをする場合があるからです。

 (ウ) 承諾期間の定めのない申込みの効力

   ㋐ 申込みの拘束力

隔地者間(通知の発信と到達との間に時間的な隔たりがある関係のことです。例えば、メールや手紙などによるやり取りのことです)の契約において、申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは、撤回することができません。これは、①相手方は、承諾する前に調査・準備をすることもあるし、②相手方が複数の者から同様の申込みを受けていて、条件を比較検討したうえ、一方の申込みを拒絶した後に、他方の申込みが撤回された場合に、損害を被ることになるからです。

相当な期間とは、「申し込みが相手方に届くまでの時間」「相手方がその申込みについて調査し検討するための時間」「承諾が申込者に届くまでの時間」を合わせた期間です。もっとも、申込者が撤回をする権利を留保したときは、撤回することができます。

   ㋑ 申込みの承諾適格

また、取引慣行及び信義則により、相当な期間が経過すれば、申込みはその効力を失うことになると考えられています。申込みの効力がいつまでも続くことは相当ではないからです。これは、申込みの承諾適格の存続期間の問題です。

承諾期間の定めのない申込みについては、申込みを撤回できることと、申込みが自動的に効力を失うことは、別問題として扱われます。申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間が経過した後でも、申込みの撤回をしなければその効力は存続していることになります。申込みの効力が存続している間に承諾の通知を受けると、契約は成立し、もはや申込みを撤回することができなくなります。そのため、契約の成立の可能性をなくすには、申込みを撤回しておかなくてはなりません。このことから、申込みの拘束力にいう「相当な期間」より、申込みの承諾適格にいう「相当な期間」の方が少し長いと考えられています。

   ㋒ 対話者間における特則

対話者間(通知の発信と到達との間に時間的な隔たりがない関係のことです。例えば、面談または電話による会話のことです)の契約は、その対話が継続している間は、いつでも撤回することができます。対話者間における交渉の実態に適しているし、相手方を害するおそれもないからです。これは申込みの拘束力の問題です。相手方が承諾すれば、契約は成立し、もはや撤回できなくなります。

また、対話者間の契約において、対話が継続している間に承諾の通知を受けなかったときは、申込みの効力を失います。ただし、対話終了後にその効力を失わない旨を表示したときには、申込みの効力は失われません。これは申込みの承諾適格の存続期間の問題です。

   ㋓ 商法における特則

商人が隔地者間において承諾の期間を定めないで契約の申込みを受けた者が相当の期間内に承諾の通知を発しなかったときは、その申込みは効力を失います。この場合には、撤回するまでもなく自動的にその効力を失うことになります。これは、商人の取引においてはその迅速性を図る必要性があることが考慮されたからです。

 ③ 承諾

 (ア) 承諾の意義

承諾とは、申込みを受けてその契約を締結させる意思表示のことです。申込者に対してなされる必要がありますが、黙示的なものでもよいです。

承諾は、申込みと同一の内容でなければなりません。承諾者が、申込みに条件を付したり、変更を加えたりして承諾したときは、その申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなされます。承諾は、申込みがされた内容どおりの契約を締結する意思表示だからです。

 (イ) 承諾義務

申込みを受けた者は、承諾する義務を負いません。また、返答をする義務も負いません。ただし、商人については、平常取引をする者からその営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、その申込みに対する諾否の通知を怠ると、その申込みを承諾したものとみなされます。商取引においては迅速な処理が要請されるし、実際の慣行に合致しているからです。

 (ウ) 承諾の効力

申込みがその効力を有する間に承諾をすることにより、契約が成立します。承諾期間の定めのある申込みに対しては、その期間内に承諾の通知が到達する必要があります。

(2) 意思表示

 ① 意思表示の意義

申込みも承諾も意思表示であるとされています。では、意思表示とはいったい何でしょうか。

申込みと承諾は、契約を成立させ、その契約の効果を発生させたいという意思を、相手方に表示するものといえます。そして、申込みという意思表示と承諾という意思表示が合致することにより、契約を成立し、その効果が生じることになります。このことから、意思表示とは、法律上の効果を欲する意思を相手方に表示する行為であり、また、契約を構成する要素であると考えることができます。

 ② 意思表示の解釈

 (ア) 意思表示の解釈の必要性

契約は申込みと承諾という2つの意思表示が合致することにより成立します。そこで、それぞれの意思表示の内容を明らかにし、契約が成立したか否かを判断する必要があります。この作業を「意思表示の解釈」といいます。両者の意思表示の合致があったか否かを判断するために、両者の意思表示の解釈をするのです。

例えば、買主Bが、売主Aに対して、甲パソコンを乙パソコンだと誤解して10万円で購入を申し出たところ、Aは、甲パソコンを甲パソコンと認識して承諾した場合に契約が成立するか、が問題となります。

 (イ) 意思主義と表示主義

ABの主観的な意味で判断すると、意思表示の合致はなく、契約は不成立になります。このような考え方を意思主義といいます。しかし、この見解によると、契約が不成立になることが多くなり、取引の安全を害することになります。内心の意思は相手方には分からないのが通常だからです。そこで、ABにより表示されたところを基準に意思表示の意味を判断しようという考え方が出てきます。これを表示主義といいます。これによれば、ABの意思表示は合致しており、契約は成立することになります。

 (ウ) 民法の立場

表示主義によると、Aは内心の意思(乙パソコンを10万円で購入する)とは異なる契約が成立することになります。このように、意思表示をした者の内心の意思と表示されたところが食い違う場合や(心裡留保・虚偽表示・錯誤)、内心の意思と表示されたところに食い違いはないものの、内心の意思を形成する過程に他人の不当な干渉が加わる場合には(詐欺・強迫)、その契約の効力が否定される可能性があります(無効・取消し)。このことから、民法は意思主義と表示主義の折衷的な立場をとっているといえるでしょう。この点については、機会を改めて説明します。

 ③ 意思表示の効力発生時点

 (ア) 到達主義

隔地者間における意思表示は、それを発信してから相手方に到達するまで時間差が生じます。そこで、どの時点で意思表示の効力が生じるのかが問題となります。この点について、民法は、意思表示が相手方に到達した時に効力が生じるとしています。これを到達主義といいます。これは、意思主義の到達前のリスクを相手方に負担させることは、過剰な負担を強いることになりますが、到達後については、その意思表示は相手方の支配領域内に入り、表意者としてすべきことを終えたということができるので、この時点でのリスクは相手方が負担するのが相当であるからです。到達主義からは、意思表示が相手方に到達しなかった場合や、延着した場合のリスクは表意者が負担することになります。

 (イ) 到達とは

   ㋐ 到達の意義

到達とは、相手方がその意思表示の内容を知ること(これを了知といいます)ができる状況(相手方の支配領域に入ること)にすることをいいます。相手方が現実に了知することまでは必要ありません。もっとも、相手方が受領することは必要です。受領しなければ意思表示が相手方の支配領域に入ったとはいえないからです。しかし、意思表示を受領したのが本人である必要はありません。この場合には、意思表示が相手方の支配領域に入ったといえるからです。

意思表示が到達した例としては、会社に対する催告書が持参され、それを何の権限のない代表取締役の娘が受け取ったが、その事実を社員に告げなかった場合、電話加入権の意思表示が加入契約に表示された住所に宛てて発送され、その住所に相手方本人が居住していなかったため、他の居住者によって受領された場合などである。また、意思表示を記載した内容証明郵便が受取人不在のため配達されず、受取人が受領しないまま留置期間を経過したため差出人に還付された場合であっても、遅くとも留置期間が満了した時点で受取人に到達したものと認められます。これは、受取人が郵便内容を十分に推測でき、受領の意思があれば容易に受領できたことの事情があるときには、郵便の内容である意思表示は、社会通念上、相手方の支配領域に置かれたといえるからです。

   ㋑ 到達の妨害があった場合

相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、通常到達すべきであった時に意思表示が到達したものとみなされます。これは、相手方において、意思表示の到達・受領を妨害することができてしまうことから、意思表示を到達させることができない場合や到達が遅れる場合に対処するためです。

   ㋒ 表意者の死亡・意思能力を喪失・行為能力の制限を受けた場合

   (A) 原則

意思表示は、表意者が通知を発した後に①死亡した場合、②意思能力を喪失した場合、③行為能力の制限を受けた場合であっても、その効力は失われません。これは、意思表示の効力は相手方に到達した時に生ずるものの、表意者が「発信」した時点ですでに意思表示は成立しているからです。

意思能力の喪失とは、自分の契約の結果を判断することのできる精神的能力を喪失することをいいます。意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その契約は無効とされます。しかし、意思表示をした後に意思能力を喪失したとしても、その意思表示の効力は失われません。

行為能力の制限とは、本人が締結した契約を一定の者によって取り消すことを認めて本人の財産を保護する制度のことです。この場合における行為能力の制限には、後見・保佐・補助が該当します(なお、未成年者(18歳未満の者のことです)も行為能力の制限を受けていますが、意思表示をした後に未成年者となることはあり得ないことなので、この場合における行為能力の制限には未成年者は含まれません)。意思表示をした後に後見・保佐・補助開始を受けたとしても、その意思表示の効力は失われません。

   (B) 申込者の特則

なお、申込者が申込みの通知を発した後に①死亡した場合、②意思能力を喪失した場合、③行為能力の制限を受けた場合において、次に該当するときには、その申込みの効力は認められません。

①申込者が前記①~③の事実が生じたとすればその申込みの効力を有しない旨の意思表示をしたとき

②相手方が承諾を発するまでに前記①~③の事実が生じたことを知ったとき

これらの場合には、申込みの効力を認めないものとして扱っても、まだ契約が成立する前だから誰にも損害を与えることにはならないし、申込者(またはその相続人)を保護することにもなるからです。

 (ウ) 意思表示の到達と契約の成立時期

契約は申込みに対して承諾がされることによって成立します。そして、意思表示は到達した時から効力を生じます。したがって、承諾が申込者に到達した時に契約が成立することになります。このことから、下記の点が重要です。

①発信した承諾が到達しなかった場合は、契約は成立しません。

②承諾を撤回する通知が、承諾の通知よりも先に到達した場合も、契約は成立しません。

③承諾の通知を発信した後に申込みの撤回の通知がされた場合は、申込み撤回の通知が先に到達すれば契約は成立しませんが、承諾の通知が先に到達すれば契約は成立します。

 ④ 意思表示の受領能力

意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に①意思能力を有しなかったとき、②未成年者、③成年被後見人(後見開始の審判を受けた者のことです)であったときは、その意思表示の効力をその相手方に主張することができません。これらの者は、意思表示の意味を理解する精神的能力(これを意思表示の受領能力といいます)を持たないので、これらの者に対してその意思表示の効力を発生させるべきではないからです。

ただし、次に掲げる者がその意思表示を知った後は、表意者はその意思表示の効力を主張することができます。これらの者は、意思表示の受領能力を有するからです。

①相手方の法定代理人(親権者・未成年後見人・成年後見人のことです。代理人には意思表示を受領する権限があります)

②意思能力を回復した相手方

③後見開始の審判が取り消された相手方

(3) 意思実現による契約の成立

申込者の意思表示または取引上の慣習により承諾の通知を必要としない場合には、契約は承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立します。例えば、商店乙が甲に対して商品の売却の申込みをするとともに甲にその商品を送付し、甲は何も返答はしなかったもののその商品を使用した場合です。この場合には、甲の承諾はないが、乙の申込みを承諾するつもりがあるからこそ、甲はこのような態度に出たといえるから、甲乙間の売買契約は成立したものとして扱われます。

なお、相手方の沈黙は原則として承諾とは認められませんが、商人については、平常取引をする者からその営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、その申込みに対する諾否の通知を怠ると、その申込みを承諾したものとみなされます。この場合においては、申込者に対して諾否の通知をする義務があることになります。

(参照条文)民法522条1項、555条、523条1項2項、524条、525条1項2項3項、1条2項、528条、93-96条、121条、121条の2、97条1項2項3項、3条の2、7-17条、4条、98条の2、99条、527条、商法508条1項、509条2項

(参考判例)最判昭和36年4月20日民集15巻14号774頁、最判昭和43年12月17日民集22巻13号2998頁、最判平成10年6月11日民集52巻4号1043頁(民法判例百選Ⅰ(第9版)24事件)

(参考文献)内田貴「民法Ⅰ(第4版)総則・物権総論」(東京大学出版会、2008年)33頁以下、47頁以下

内田貴「民法Ⅱ(第3版)債権各論」(東京大学出版会、2011年)30頁以下

鈴木禄弥「債権法講義(四訂版)」(創文社、2001年)133頁以下

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「新版注釈民法(13)債権(4)契約総則(補訂版)」(有斐閣、2006年)443頁以下、496頁

中田裕康「契約法(新版)」(有斐閣、2021年)80頁以下

潮見佳男「民法(債権関係)改正法の概要」(金融財政事情研究会、2017年)218頁以下

潮見佳男「新債権総論Ⅰ」(信山社、2017年)21頁以下、19頁以下

潮見佳男「民法総則講義」(有斐閣、2005年)66頁以下

末川博「契約法・上(総論)」(岩波書店、1958年)37頁

梅謙次郎「民法要義巻之三債権編(復刻版)」(有斐閣、1984年)380頁、386頁

四宮和夫・能見善久「民法総則(第9版)」(弘文堂、2018年)209頁以下、288頁以下

我妻栄「新訂民法総則(民法講義Ⅰ)」(岩波書店、1965年)60頁

川島武宜「民法総則(法律学全集17)」(有斐閣、1965年)218頁以下

「新版注釈民法(3)総則(3)」(有斐閣、2003年)562頁以下、520頁

近藤光男「商法総則・商行為法(第9版)」(有斐閣、2023年)130頁以下

(司法書士・行政書士 三田佳央)