法定後見制度のうち後見類型・保佐類型・補助人に同意権が付与された補助類型においては、本人がした法律行為を後見人等が取り消すことができます。これに対し、任意後見制度においては、任意後見人に対して取消権を付与することが想定されていません。任意後見契約によって任意後見人に取消権を付与することは、本人自ら将来の行為の効力を否定することになり、自己矛盾となってしまうこと、第三者の取引の安全に影響を及ぼすことになるからことから、任意後見人に取消権を付与することを想定していないとされています。
本人の判断能力が低下して、家庭裁判所に任意後見監督人選任の申立てをした後に、後見人に取消権を付与する必要性が生じたときは、家庭裁判所に後見開始等の申立てをして、法定後見制度に移行することが想定されています。任意後見制度の下では、消費者契約法や特定商取引法等により救済の手段を講じることになります。
しかし、本人が自宅にて独居生活をしている場合などでは、任意後見契約の効力が生じた後に、本人が適切な判断ができないまま契約等をしてしまう可能性は十分にあります。また、任意後見契約から法定後見制度へ移行すると、その任意後見契約は終了することになるが、本人の希望が反映された任意後見契約を、後見人に取消権を付与する必要性を理由に終了させてしまうことを不満に思うことでしょう。消費者契約法や特定商取引法等により救済も限定的であり、取引実態を把握することが困難なケースも少なくありません。
そこで、この課題を克服するため、代理権のない保佐・補助と任意後見契約を併存させる方法が提唱されていますが、現行法上は、このような手法を選択することはできません。今後は、この点について議論を深めて、立法的解決に繋げることが必要でしょう。
(司法書士・行政書士 三田佳央)