成年後見人による取消権の行使

成年後見人は、本人がした法律行為を取り消すことができます(ただし、日常生活に関する行為については除きます。)。後見開始の審判により成年後見人が付された本人について、行為能力を制限することによって、本人を保護するためです。例えば、本人が、必要ないのに高価な印鑑を購入した場合には、成年後見人はその印鑑の売買契約を取り消すことができます。取消権を行使するには、相手方に対し、取消権を行使する旨の通知をしてします。相手方の承諾は不要です。実務では、内容証明郵便によって相手方に通知して取消権を行使します。

取り消された法律行為は、初めから無効であったものとみなされます。いったん生じた債務は発生しなかったことになり、すでに履行されたときは、受領した者はそれを不当利得として返還しなければなりません。ただし、本人の返還すべき義務は、現に利益を受けている限度に限られています。制限行為能力者を保護するためです。例えば、成年後見人が、本人がした高価な印鑑の購入契約を取り消した場合において、本人がすでに受け取っていた印鑑が、本人の過失なく滅失したときは、その印鑑の価額を相手方に返還する必要はありません。

取消権は、取り消すことができる行為が行われたことを知った時から5年間行使しないと、時効によって消滅します。法律行為がいつまでも取り消すことができる状態にあると、法律関係を不安定にしてしまうからです。この消滅時効の期間について、判例は、取消権の行使自体の消滅時効であり、取消権の行使によって発生する返還請求権については、別の消滅時効の成否が問題となるとしています。しかし、この見解では、法律関係を安定させるとする取消権制度の趣旨に適していないことから、学説では、返還請求権の行使についても取消権の行使の消滅時効と一体として扱うべきだとする見解が有力です。なお、法律行為の時から20年が経過しても、取消権は時効により消滅します。

(司法書士・行政書士 三田佳央)